察してしまった
文字数 2,060文字
物造りコミューンの入り口で、海を割る預言者のように通行人をかき分けながら歩いて来た竜使いに、サザもちょっと引いた。
「あの、こんなに早く来て頂けるなんて、おどろき……いえ、あ、ありがとうございます」
言いながらも、ビーズだらけの襟飾りに目を白黒している。
この時点でシルフィスは、自分の格好に限りなく不安を抱いた。この衣装情報どこから出て来た?
しかし、通された大きなパォの、奥から立って出迎えてくれた髭面の頭領殿は、竜使いの出で立ちを見て、ほぉほぉと和やかな表情になった。
「風の末裔の一族の、古式に則(のっと)った礼装。いや懐かしいですな。私の若い頃ですら廃れておりましたのに。里の者でもここまで着こなす若者はいないでしょう。
突然面会を捩じ込んで来られた時は、どうしてくれようと手ぐすね引きましたが、ここまで整えて来られると……いやはや一本取られました」
やった! さすがピルカ! シルフィスの頭の中で、手のひらがクルっと返される。
室内には、中央に父親である頭領殿。
少し下がって左に母親。後方に年長の親族が数人ほど。
思いの外少人数だ。もっと人数を集めて圧を掛けて来る物だと、勝手に思っていた。
突然襲いかかられてもこの人数なら勝てる。いや、そうじゃない、キチンと挨拶をせねば。
出る前にノスリ家の娘達に、『噛まないカケス』のおまじないを延べ数百回掛けられている。
カケスのお陰かどうか分からないが、シルフィスは古式ゆかしい求婚の挨拶を、最後まで朗々と唱える事が出来た。
ひと仕事終わった……
気が付くと、人数が増え酒肴が運ばれて、車座の宴となっていた。
頭領の席は自分と同じ高さで、まめに話し掛けてくれる。親族の年長者も優しい。
思っていたのと違う。暴君だらけのガチガチの、厳しい家を想像していた。
また気が付くと、隣にサザが座っていた。
相変わらず無表情だが、少し化粧をしている。
姿すら見られず焦がれていた日々を思い出すと嘘みたいだ、夢みたいだ。
(……でも、夢なんだよな)
この挨拶は、彼女の不本意な縁談を、取りあえずストップさせる為の物。
それが大丈夫になったら……例えば件の義弟に別の縁談がまとまったりしたら…… 今の状況は無かった事になる。
サザは心変わりした振りをして、自分とは別れる。最初からその約束なのだ。
さっき入り口で会った時、彼女に小声で囁かれた。
「ここまでして下さってありがとうございます。覆す時は、貴方の名誉は絶対に傷付けません。私だけが悪いように演じます」
隣で酌の瓶を掲げて来るサザ。
藍の瞳。
白い指、水晶のように透明な小さい爪。
何で失わなきゃならない?
そうだ、何も覆す必要は無いのだ。
今から、このままでいいと思って貰えるよう、頑張ればいい。
頑張り次第でフェイクも本物になるとピルカも言っていた。
「サザ」
「はい?」
「僕は、本当は……
***
「竜使い殿」
ハッと顔を上げると、シルフィスの前で一人の壮年男性が酒瓶を差し出している。
「大切な可愛い姪です、宜しくお頼みいたします」
丸い顔にパヤパヤの山羊髭、心許ない前髪、ちょっと肉付きのいい首周り。
(彼が件の、頭領の義弟?)
歳の割には童顔で、問題がありそうには見えない。女子の基準は分からぬが。
まぁ、噂なんていつでも話半分だ。
横目でサザを見ると、相変わらずの無表情。
しかし男性が「サザ、おめでとうな」と声を掛けると、拳をキュッと握って、僅かに身を引いた。
やはり嫌っているのか……
男性は気付いていないのか、喋り続ける。
「素晴らしい殿方じゃないか。お似合いだよ。こんなオジサンとは雲泥の差だ。ちょっと心配していたんだ、サザは本心を上手く言えない子だから。
ちゃんとこんな若者と付き合っていたんだなあ。良かった、本当に良かった」
言われる程に、娘は身を固くして心を閉ざして行く。
そんなに嫌なのか? いや、何か違うような気が……
男性が去ってから、シルフィスは何気ない風に聞いてみた。
「あのヒトの事、苦手?」
「はい、嫌です」
娘は前を向いたまま、あっさり答えた。辛辣だな。
「凄く嫌です。あのヒトにサザって呼ばれるのが」
「?? 呼ばれる事が?」
「父の妹も同じ幼名だったのです。サザって」
蒼の妖精の幼名は、その家系で使い回される。同じ世代でなければ同名は沢山いるのだろう。
「幼馴染みだったそうです。厩でいつも一緒に遊んでいたと。求婚の挨拶の時、頑張り過ぎて時代遅れの衣装を着て来て、お爺ちゃんに大ウケして大層気に入られたとか。そんな思い出話の中で呼ぶ名は、私と同じだけれど私じゃない」
「…………」
周りは酒が入ってザワザワしている。
サザの言葉を聞いているのは、隣にいる竜使いのみ。
雰囲気に酔ってか、娘はいつもより饒舌になっている。
「あのヒトには、『私だけの名前』で、私を呼んで貰いたい。だから早く名前が欲しかった」
――察してしまった。
こんな要らん所にだけ察しのいい自分に、シルフィスはほとほと嫌気がさした。
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