ボロボロな竜使い・Ⅱ
文字数 2,671文字
「ピルカ?」
土手の斜面に座るシルフィスとリリは、歩いて来た娘を凝視した。
いつものウサギ頭ではなく、ほどかれた髪を長くなびかせていたので、すぐには分からなかった。
就寝していた所を慌てて起きて、上衣を羽織っただけで飛び出した感じだ。
「これ、辿って来たの」
彼女の手の中に、シルフィスの衣装から落ちたビーズ玉。
「やっぱりリリさんの方が見付けるの早いのね、貴方達もうケッコンしちゃえばいいのに」
「冗談じゃないわ、こんなトラブルしか起こさないガキンチョ」
「ぅぅ……」
シルフィスは叱られた子犬みたいに顔を膝に埋めた。
「あたしは
たまたま
こっち方面に用事があって、たまたま
騒ぎが耳に入っただけよ」「ふぅん」
「ピ、ピルカこそ大丈夫なの? こんな時間に出歩いて」
「掛布に丸めた座布団を突っ込んで来たわ。姉様達もよくやっていた手だから見逃してくれる」
「…………」
ホルズさんちの規律って……
「お父様の所に、編み家から伝令が来たのよ」
「ホルズ殿が呼び出されたのか?」
シルフィスは顔を上げる。
「いえ」
ピルカは歩いて来てリリの反対側に座った。
「貴方が追い立てられた後、サザが声を張って皆の前で白状したらしいわ。結婚する気もないのに、名前が欲しいってだけの理由で、いい加減な返事をした自分に非があると」
「サザ? サザの怪我は?」
「彼女の話を聞いて、竜使い殿が怒るのは当たり前だと、皆納得したみたいです。だから伝令はただ報告に来ただけで……」
「サザの怪我は!!」
「もぉ、ヒトの話を聞いて下さいな。伝令のヒトも驚いていたくらい大声を出せるんだから、無事ですよ。擦り傷すらしていないって。
所で、話を盗み聞きしていて気付いたんだけれど、パティやペギーが喋っていた噂って、実はかなり真実と掛け離れているんじゃ……」
「分かっている。サザの本当の目的は、あの叔父の気持ちを揺さぶる事だった。自分の方を向いて欲しい、失う事を悔やんで欲しいと。そんなのはすぐに分かった。どうでもいい些細な事だ。
それより、手首を捻っていなかったのか? 後から痛むんだ、ああいう落ち方をしたら」
「…………」
ピルカは黙って、何とも困った顔で、反対側のリリと顔を見合わせる。
ふと、また誰かが来る気配がして、二人は振り返った。
***
「シルフィスキスカさん……」
慣れない足取りで土手を越えて来たのは、物造りコミューンの、サザの親友娘。
シルフィスを見ると、足を早めて駆け寄った。
「ごめんなさい」
被ってきたストールを下ろすと髪はザンバラで、彼女も寝ていたのを慌てて抜け出して来た風体だ。
「サザに企てを提案して、背中を押したのは私です。何か刺激を与えないと、あの叔父さん、山羊が服着て歩いているようなヒトだったから。でも、貴方に対しては本当に失礼な事でした」
土手の裏でシルフィスの話を聞いていたようだ。
サザの大好きな叔父は、目立たない控え目なヒトだった。ただ腕は確かで、外部の里人出身なのに、草の馬を編む才能に秀でていた。
頭領の妹を妻としていたが、二十年前の疫病渦で亡くし、それ以来、持ち上がる縁談すべて断って、独り黙々と馬を編む毎日を送っている。
頭領は義兄として、ただただ彼の心配をしていた。
娘との縁談を持ち掛けたのは、彼女に一番心を開いているように見えたからだ。
サザは内心浮き立ったが、叔父は年齢を理由に固辞し続けていた。
そんな折り、ピルカが、竜使いがフェイクの交際相手を探している話を持って来た。
渡りに船。サザの縁談が別の所から湧いたら、さすがにあの山羊叔父だって焦ってくれるだろう。
早速、厩でシルフィスに声を掛けた。
しかし叔父の名誉を気にしたサザが、目的の半分しか打ち明けなかった。
叔父をじわじわ焦らせる予定だったのに、竜使いはいきなり親に挨拶に来てしまった。
話が前のめりに進んで宴が始まり、なすすべもなくなるサザ。
そして、竜使いは外で叔父と、何やら言い争いを始めてしまった……
「ごめんなさい。こんなに早く挨拶に来られるとは思っていなくて。最初に全部話せば良かったです」
親友娘は謝ったが、シルフィスは目を伏せて黙ったままだ。
それで娘は、膝を着いて頭を下げた。
「その……ごめんなさい」
「あ、貴女、よしなさい、そこまで悪い事はしていないでしょうに」
ピルカが慌てて寄り添って、身体を起こさせた。
リリも隣から、黙ったままのシルフィスに苦言を言おうとした。
だけれど彼の目が、ここではない虚空を見据えている事に気が付いた。
「……可哀想に」
竜使いの掠れた一言に、娘三人は「は?」という顔を向けた。
「そこまで思いつめて我が身を囮にしたというのに、あの男、まったく平然と、彼女の前で祝いの言葉を述べたんだ。どれだけ胸を抉られていただろう。可哀想に……」
声は大真面目で目に涙を湛えている。
三人の娘は、何とも言えない顔をまた見合わせた。
「ピルカ、何とかならないか?」
「何ともならないわ」
すがるようなシルフィスの言葉に、ピルカは即答。
そんな……という顔を、シルフィスだけでなく他の二人もした。
「何十年も前に亡くなった妻を想い続けて独りを貫いているようなヒトに、私達みたいな小娘が、太刀打ち出来る訳ないじゃないの」
「小娘……」
「そうよ、黙って旅行に出て反抗して見せたり、浅はかな策略で気を引こうとしたり、そんな事をやっているうちは小娘も小娘。一人前の女性として見て貰える訳ないわ」
「そんなぁ……」
情けない顔で肩を落とす親友娘。
「でもね、私達が大人になるのはこれから。まだまだチャンスはあるわ。頑張って小娘を脱却して、向こうからお願いされるような女性になればいいじゃない」
「そ、そうね、そうね!」
「これからの事なら協力するわ。ノスリ家みんな、サザの味方よ。彼女にそう伝えて」
「本当ですか!」
「僕も協力しよう」
「「貴方はじっとしていて!!」」
リリとピルカに声を揃えて言われ、シルフィスはしゅんと首を竦めた。
「さし当たっては、その衣装、修理しなきゃ。借り物なのよ」
「ビーズがほとんど失くなっているわよ。まったく、途中で気付かなかったの?」
「面目ない」
「あの、家に似たようなビーズが余っているから持って来ます。うち、研磨職人の工房なんです」
「本当? 助かるわ」
「染め家の子と織り家の子にも声を掛けましょうか。シミ抜きとカケ接ぎの名手です」
「是非に!」
朝焼けがうっすら牧草地を照らす。
三人の娘とボロボロな竜使いは、染まり始めた土手を連れ立って登った。
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