14.   城主 エオリアス

文字数 3,213文字

 食堂の広間の照明はランプではなく、テーブルの上の蝋燭(ろうそく)と、壁際(かべぎわ)に並んでいるいくつものかがり火だった。ごつごつした石の壁に囲まれた部屋全体が赤く照らし出され、(おもむき)深いというより、まさしく城塞(じょうさい)らしいいかめしい感じがする。

 レイサーは気の毒になるほど愛想(あいそ)笑いが絶えない。長く家族と離れて一人で暮らしていた彼には、両親のこと、兄弟のこと、答え(づら)い質問を、城主や友のアルヴェン騎士からずっとされているようだ。

 そのレイサーは、城主やそのほか知り合いの前では、貴族の出というのは「なるほど確かに。」と思うほど、振る舞いが紳士的だった。まるで別人のよう。

 この夕食の席で、城主と奥方とも対面した時、城主エオリアスはアベルを見ると、何か感極(かんきわ)まった様子で涙を浮かべながら歓迎(かんげい)してくれた。そこまで感激(かんげき)してくれる理由を、アベルは少しあとから知った。彼は、幼いアベルが山で療養(りょうよう)し始めてからの一年間、ルファイアス騎士同様、先代王ラトゥータスとその身内に付き添った近衛兵(このえへい)だったのである。なるほど、ここは先代王の右腕だった騎士にふさわしい城だ・・・とアベルは思い、納得(なっとく)した。

 エオリアス城主は、五十(歳)近くになった今でも(たくま)しく、体の大きなとても強そうな人だった。(まゆ)と目の間がくっつきそうなほど(せま)くて、顔つきは(するど)く、アルヴェン騎士に似ている・・・いや、アルヴェン騎士が父親似だ。

 積もる話はあるけれど、まずは食事をと城主に(うなが)されて、みなは黙々と食べ始めた。
 そしてある程度(ていど)食事が進み、三品目の皿が空いたちょうど良いタイミングで、執事が声をかけてきた。

 「旅の支度(したく)を万全整えておきます。あと、元気な若い馬を用意しましょう。大街道(だいかいどう)に沿うこの森には、馬が通れる道もたくさんありますから。乗馬はできますか。」

 「そこそこ。」と、レイサー。
 「ぜんぜん。」と、ラキア。
 アベルとリマールは顔を見合わせ、それからリマールが答えた。
 「僕たちは背の低い馬になら、何度も乗った経験があります。」
 「それなら体力があっておとなしい馬にしておきましょう。」

 すると、それまでにこにこ笑顔でいた執事が、ここで急に顔を(くも)らせた。

 「ただ、一つお気に()めていただきたいことが。」
 途中で口を閉じた執事は、それから主人や若旦那(わかだんな)の顔を(うかが)った。

 「ひかえめに。」とエオリアスが言葉少なに応じ、息子のアルヴェンがそれに続けた。 
 「大街道を通れない彼らがとるべき道は、この森を行くしかないのだから。」
 「かしこまりました。」

 何かにつけて、互いに反応をみるのが(くせ)になっている少年たちは、また目を見合った。
 何か良くないものが待ち受けていることを臭わせるやりとりで、二人の頭にまず浮かんだのは盗賊(とうぞく)(たぐい)。しかし、今はレイサーという屈強(と聞いている)の護衛がいる。その腕のほどならアルヴェン騎士はよく知っているはずだし、城主の言葉もひっかかった。ひかえめに・・・とは、(くわ)しく話すな・・・ということ。また別の何かか・・・それは何?

 むしろ気になった二人は、一息おいて話を続けた執事の声に耳をかたむけた。

 「この広大なフェルドーランの森は、大街道に沿って王都の近くまで続いていますが、その中に、《あやかしの沼》と言われる不思議で奇怪(きかい)な場所があります。一目(ひとめ)で見渡せる小さな楕円(だえん)の沼です。その水は、昼間でも鉛色(なまりいろ)(にご)っているそうです。」

 「でも、天気が悪かったら沼なんてみんなそんな色してるんじゃあ・・・。」

 そうつぶやいたリマールの方へ体を向けた執事は、少し前屈(まえかが)みになって言った。
 「天気が良くても・・・です。その沼は、周りの木々の葉や飛び過ぎる野鳥の何も、この世のものは何も写しはしません。何も反射せず、おかしいほど濁りきっています。そこに映し出されるのは、夜、沼の真ん中にぼうっと立ち上がる、あやかしの影だけ。真相(しんそう)を確かめに行った者が、引き摺り込まれて亡くなったという噂も・・・」
 「ラファエロ・・・。」
 主人のエオリアスが執事の名で言葉を(さえぎ)り、一言(ひとこと)注意した。
 「ほどほどに。」

 なるほど、城主のさっきの言葉は、無駄に怖がらせるなということだ。アベルがラキアの顔を見てみると、こういう話は苦手なのか、その顔は少し強張(こわば)っているように見えた。気づけば、アリシア姫も耳を(ふさ)いでいる。

 取りつくろうような咳払(せきばら)いをした執事は、それから頭を下げ、壁の方を向いて煌々(こうこう)と燃えている灯りを目で示した。

 「松明(たいまつ)(とも)せば悪いものは近づいて来ないそうですが、もし鉛色の沼を見たら、間違ってもそこで休憩などせず、すぐに離れた方がよいでしょう。」
 「つまり・・・何か妖怪(ようかい)的なものが出ると?」
 一人全く恐れない声で、レイサーがズバリ確認した。(なか)ば、胡散臭(うさんくさ)そうでもある。
 「そう言われています。」

 そんな怪談(かいだん)を聞いている間に、テーブルにはみずみずしい果物(くだもの)の盛り合わせと、珈琲や紅茶が用意されていた。

 お(なか)がじゅうぶんに満たされたところで、ようやく城主エオリアスとアベルは、落ち着いてたくさん話をした。というより、話してくれた。アベルの家族のことを。失った時間を取り戻させてあげようとしてくれたのかもしれない。ことに先代王ラトゥータスについては、母や兄の三倍くらいしゃべってくれた。近衛兵だったので当然よくご存知だ。世継(よつ)ぎが生まれていたからか、全く死を恐れず、自ら馬にまたがり果敢(かかん)に敵を()った。本当に勇敢(ゆうかん)な人だったと。

 ルファイアス騎士からもざっと聞いていたので話が重複したが、物語がより色彩(しきさい)を帯びて輝いた。

 その中で、偶然にも関守のマルクスの話が出てきた。アベルがよく知っているのかと(たず)ねると、とてもよく知っているとエオリアスは答えた。彼・・・マルクスは優れた軍師(ぐんし)だった。彼のおかげで、我らは数々の勝利を収めることができた。歳をとって()めることになったが、国にとって大きな影響力を持ち、非常に重要な場所を守る役目を(つかさど)ったと。

 内容がだんだんと男臭くなってきたからか、奥方(おくがた)に促されて、アリシア姫とラキアが途中で一言(ひとこと)断りを入れてから退席した。

 アリシア姫がいなくなると、話題は彼女のことに移った。

 「娘は毎日、礼拝堂(れいはいどう)で1時間は祈る。」と、城主エオリアスは少し()し目でつぶやいた。

 アリシア姫は毎夜、離れの小さな礼拝堂へ行き、その時間、陛下(へいか)の病気が治るよう心をこめて祈り続けるのだそう。今夜も、これからそうしに行くだろうと、城主は付け加えた。

 そして、こう話を続けた。

 「陛下と仲良くなり始めたのは、アリシアが八歳の頃。ちょうど殿下(アベル)と別れた頃。弟を失って、アリシアを妹のように思ってくれたのかもしれない。二人はどんどん親密(しんみつ)になっていき、体裁(ていさい)やしきたりや都合(つごう)ではなく、愛し合って結ばれる。親としてはとても嬉しい。だが・・・。」

 城主の話は、ひどく悲しそうな表情と共に終わった。

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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