12.  検問

文字数 2,469文字

 幕を下ろしている(ほろ)の中は暗く、あまり睡眠がとれなかったアベルとリマールは、整然(せいぜん)と積み上げられた荷物にもたれてうとうととしていた。だが、馬車が ガタン! と跳ねる度に我に返った。

  一方、一番休めていないレイサーだったが、彼は垂れ幕の隙間(すきま)から外の様子を(うかが)いつつ、ずっと気を(ゆる)めずにいた。

 霧が晴れてきて、見通せる距離が長くなった。この荷馬車が騒音(そうおん)をたてるので、音だけで危険を察知(さっち)するのが難しかった。

「あれ・・・。」

 農夫がそう声を上げた時、レイサーは眉間(みけん)に皺を寄せて、可能な限り道の先に目を()らしていた。

 正面、前方百メートルほどの場所に、馬に乗った黒い人影が五つ見える。

 運を味方(みかた)につけることはできなかったか・・・。
 朝霧が無ければもっと早く気づけただろうが、どのみち、この(さえぎ)るものがたいして無い景観の中では、馬車から降りた瞬間に気づかれるだろう。ここは何とかやり過ごすか、いざという時にはやり合うしかない。

 今あそこに居る・・・宿に集まっていた男たちと。

 レイサーは息を吸い込み、大きく吐き出した・・・と同時に、気を引き締める。
「いいか、俺たちのことを聞かれても知らないと。頼む。」

 背後からそう農夫にささいて、レイサーは隙間をぴったりと閉めた。その時、不安そうな顔になったアベルとリマールには、軽く片手を上げて、「静かに、そのまま。」という仕草(しぐさ)をしてみせていた。

 それから、後ろにいるその二人をまたいで後方へ移動したレイサーは、剣を抜いて臨戦態勢(りんせんたいせい)をとった。

 農夫は、レイサーの言うことをきいてやろうと思った。そして、少し速度を上げれば、あの者たちは道端(みちばた)()けてくれないか・・・とも考えた。だがすぐに首を振った。いや・・・そうは思えない。それらは道を(ふさ)ぐように横一列に並んでいる。待ち構えているんだ。

 農夫の荷馬車は、そのうちにもあっという間に五人の手前までやってきた。

「止まって。」
 真ん中にいる男の厳しい声がかかった。

 農夫は素直に従い、手綱を握っている両手を(もも)の上にぴたりと下ろした。

 男たちが全員馬から降りて、農夫の真横にまで近づいてきた。その気配は、今ははっきりと感じることができる。アベルもリマールも、怖くて心臓が破裂(はれつ)しそうだった。

「これは兵士の方々。」

 愛想のいい笑顔をみせながら、農夫はその男たちを眺めた。
 全員が軽く武装(ぶそう)している。黒の軍服に灰色の防具、そして腰には長い剣。

「俺の荷馬車に何か問題でも?」
「それがあるかどうかを確かめたい。」

 馬車を止めた男が答えた。若くはないが、がっしりとした体格の男だ。 

「我々は人を探している。そこでまずきくが、若い男の三人組を見かけなかったか。そのうちの二人は金髪と栗色(くりいろ)の髪の少年で、どちらも歳は15くらい。あとの一人は、黒髪の背の高い青年なんだが。」
「さあ。それらしい者には誰にも会わなかったよ。あんた達は何だね。」
「この辺りを警備(けいび)している者だ。」
「その三人組はいったい何をしたんだい。」
「宿から支払いをせずに逃亡(とうぼう)した。」

 相当の料金を置いてきたが? と、レイサーは後ろに隠れながら密かに反論。

「荷台には何を。」
「商品さ。葡萄(ぶどう)や葡萄酒。それに野菜。」
「確認していいか。」
「何を疑っていなさる。ぎゅうぎゅう詰めにしてるから、止めた方がいい。風を通すのに開ける時には、いつも崩れてくる。」
「上手くするから。」

 そこで会話がきれた。

 レイサーはいよいよ全神経を()ぎすまし、集中力を高めた。相手は五人。やれない数ではない。いきなり斬りつけるような真似はしたくないが、戦いになったら容赦(ようしゃ)はしない。

 一人残らず(たお)すまで・・・!

「ああ、そうだ。」

 そんな農夫の声が不意に聞こえて、レイサーは少し調子を狂わされた。その時、馬車の後ろへ回り込もうとしていた男たちが、そろって足を止めたのを感じた。

 続いて、御者台から顔を出した農夫が、五人の兵士にこう話すのが聞こえた。
「お前さんたち、いちばん手前にあるのは薬草だけど、下手に(さわ)ると危ないよ。作り方によっては薬にもなるようだが、肌に触れるとひどくかぶれるらしい。死ぬほど激しい(かゆ)みや痛みに、一週間は苦しむことになるそうだ。俺も頼まれて運んでいるだけで、積み下ろしは(あつか)いに慣れている防護服(ぼうごふく)を着た専門の者がやってくれることになっている。後ろを開ける時には、いつもひやひやするよ。(たの)むから、その箱だけは絶対に落とさんでくれ。」

 顔を見合わせたアベルとリマールは、そのいちばん手前にあるという木箱に目を向けた・・・キャベツだ。

 すると男たちが頭を寄せ合い、何やら相談を始めだした。

 そのあいだ、レイサーは再度剣を構えて油断なく男たちの気配をうかがい、アベルとリマールは固唾(かたず)をのんで神に祈った。

 そして数分後。

 物騒(ぶっそう)なことは何も起こらず、馬車は再び動き出した。無駄にひどい目に遭うのは割に合わないと決まったらしい。

 そのまましばらくしても、灰色と黒の男たちが追ってくるようなことはなかった。
 レイサーは後部の幕を少し開けてみた。
 五人の兵士は背中を向けて、またさっきと同じように騎乗(きじょう)したまま横一列に並んでいる。

 上手くいった。

「信じてくれて、ありがとう。」
 アベルが(ほろ)の垂れ幕を横から少し開けて言った。
 農夫は振り向いて、片目をつむってみせた。
「あいつらは嘘をついてる。北の奴らだな。あんたらの方が、よほど感じがいい。」

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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