7. 暗殺兵団との戦い
文字数 3,452文字
しばらく行くと、背の高い藪 がまた次第に減ってきて、ずいぶん視界が良くなった。早く進めるが敵からも見つけられやすく、気持ちが落ち着かない場所。しかも、今通っている所についてだけ言えば、木が生えていない! ここはずいぶん昔に朽 ち果てた、何か巨大な建物の跡地 だ。その証拠に、崩れた石の壁や階段がわずかに残っている。だが前方遠くの木立の間は暗くなっている。きっと、そこからはまた草木が密生しているからだろう。早くそこまで、身を隠せる場所へ行かないと。
彼らは、地面を這う植物に足をとられそうになりながら、雑草で埋め尽くされた低い叢 を踏み倒して急いだ。
すると不意に、アベルが足を止めて振り向いた。
角笛の音が聞こえたのだ。
ほかの者たちも立ち止った。そして視線をさ迷わせた。
不吉な音は別の方角からも吹き鳴らされている。森を反響して響いてくる。
「急げ!」
レイサーはラキアの手を引いて駆けだした。とにかく、まずはこの目につきやすい跡地を抜けなければ!
しかし、もはや森のそこらじゅうに散らばってアベルを探し回っていた敵が、後ろだけでなく横の雑木林からもいっきに集まってくるのが分かった。角笛に続いて騒 がしい蹄 の音、叫び声、そして敵の姿が目に映った。
向こうは馬で追いかけてくる。対して、こっちは自分の足。こんな開けた場所では、すぐに捕まってしまう。すでにもう、そこまで来ている。考える間もなく迫り来る。
そうして逃げるうちに、この広大な跡地の中でも木がある場所に出た。木には何か大きな実が生っている。恐らく庭だったところだ。
走りながらある考えに悩んでいたアベルは、ここでついに決心して、背中から弓を外した。そして矢をつがえて立ち止り、クルリッ! と振り向いたのである。
「近寄るな!」
アベルはめいいっぱい強がって叫んだ。
「撃 つぞ!」
レイサーもリマールも、そしてラキアも驚いて足を止めた。
馬に乗った刺客 が数名、慌 てて手綱 を引いた。もう捕まる! というところまで迫っていた、最も近い五人の兵士たち。横から向かってきた敵の方はまだ距離があったが、この様子に気づいて同じく動きを止めた。
状況としては、一人の射手 に多くの標的 。一度に襲いかかれば、アベルの弓は封じられる。だが、誰かはやられる。その一人に誰もなりたくないようだ。
ほとんど気休めで持ってきた武器が、抜群 の効果を発揮してくれた。飛び道具はかなりの脅威 らしい。レイサーやリマールには突拍子 もない行動のように思われたが、結果、いい判断でタイミングだった。
レイサーは、リマールとラキアを下がるように促 して、アベルと共にゆっくりと後 ずさった。このままもう少し進めば、そこに見えているまた密になった雑木林へ入ることができる。
ためらいながら距離を置いている刺客のうち、二、三人が目配 せをして、恐る恐る馬を一歩進ませた。
「動くな! 」
弓を斜 め上に向けたアベルは、刺客たちの後ろの木の枝に向けて矢を放った。
「見ろ、これは警告だ!」
その直後、すとんと上から落ちてきた大きな丸い木の実が、音をたてて地面に転がった。
思わず言われた通りに注目した敵の誰も彼もが、目をみはり言葉を失っている様子。
「動けば急所を狙う。」
アベルは次の矢を仕掛 けた。
「その弓、人に向けて撃 ったことは?」
一歩一歩と仲間を連れて下がりながら、レイサーはささやき声できいてみた。
アベルは強張 った顔でレイサーを見た。目が恐怖でいってしまっている。
「人を殺したことはあるか。」
別人のように勇 ましかったアベルの声は、急に元に戻った。
「あ、ありません。だいたいは木の実を採 ったり、狼や熊。」
アベルは震える声で弱々しく答えた。
だよな・・・と肩を落として、レイサーは剣を引き抜く。
案の定、アベルの虚勢 はそのうち見抜かれてしまい、目の前では、我に返ったように次々と馬から飛び降りている敵が続出しているのである。アベルが実は戦いを知らない・・・と分かったとたん、剣を振りかざして、何人もが勢いよく走り寄ってくる。
「じゃあ、ちょっと衝撃 的だろうが我慢 しろよ。俺一人で片付けるから。」
レイサーは背筋 を伸ばして前へ出た。
彼は、久々に操 る剣の感触 を確かめるように、それを右に左に軽く振った。その姿は、仲間たちの目に素晴らしく頼 もしく、堂々として見えた。恐れを知らぬ勇者、まさにそんな感じだ。敵は多方面から群 がってくるのに、その鋭 い灰青色の瞳で冷静に見つめ、少しも動じていない。
そして・・・。
レイサーは突然、闘志 に火がついたように足元を蹴り、最初の敵と戦った。ほとんど一人ずつというわけにはいかなかった。レイサーが鮮 やかに剣を振るった次の瞬間、バタバタと倒れた敵は三人。
すごい・・・!
敵を斬 ったということ以外は、何をしたのか分からなかった。まさに電光石火の早業 。アベルもリマールも、今のレイサーの剣捌 きに鳥肌が立った。こんなに強かったんだっ。
敵もここまでの実力を予想していかったようで、その誰もが驚愕 と困惑 を露 にしている。
しかし、多勢に無勢もいいところ。ここには一対何人か分からないほどの刺客が集まっている。いくら剣豪 にだって相手にできる数にも限度ってものがある。
アベルは覚悟を決めた。
手助けしないと!
男が一人、足を引き攣 らせて倒れた。
レイサーが驚いて斜 め後ろに首を向けると、筈 を手放した直後のポーズで固まっているアベルがいる。
「撃ったのか。」
アベルは目を閉じてガクガクとうなずいた。
「いい腕だ。死なない部位でいいから頑張って狙ってくれ。援護 を頼む。」
アベルはひどい動悸 に打ち勝ち、しっかりと狙ってびゅんびゅんと矢を放った。
それは敵の腕や足を見事に痛めつけたが、やがて全て使い果たしてしまった。
何人もの敵を地面にうずくまらせることはできた・・・が、尻込 みしていたほかの敵も気づいて、わっとばかりに駆け寄ってくる。
レイサーが一人で何人も相手をしている隙 に、不意に身を躍 らせた新たな一人が、アベルに向かって剣を振り上げた。
ガキンッ!
ほとんど奇跡的に、リマールの短剣がそれを受け止めていた。リマールは自分でも驚きだったが、山で自然と鍛 えられた腕力が互角 に張り合えている。だが戦い方を知らない。長くはもたない。
一方この間、ラキアは少し後ろで両手の指を組み合わせていた。ただ、呪術の構えではなく、ただおろおろと神に祈っているだけ。精神を集中させることができないこんな状況では、情けのないことに何の役にも立たない。しかし幸いなことには、ラキアを手にかけようとする最低な敵が、ひとまずこの中にはいないようであることだった。
ついにリマールも支えきれなくなり、短剣が横へ滑り落ちた。サッと身をかわし、アベルもそこにはもういなかったので、振り下ろされた敵の刃 は虚 しく空間を切り裂いた。すぐに体勢を立て直したその敵は、アベルを見つけてまた剣を構えた。
アベルは グイッ! と上着を引っ張られて横へよろめいた。同時に、今度目の前に現れたのはレイサーだ。アベルがそうと気づいた時には、レイサーはすでにその敵を斬 り伏 せていた。
「先に行け!あとは俺に任 せろ!」
「でも・・・!」
「この人数ならやれる。そうだ、例の場所で落ち合おう。」
アベルとリマールは顔を見合い、思いきると、ラキアを連れてレイサーの背後から離れた。
それから間もなくして、レイサーは、急にまた敵の数が増えたことにハッと気づいた。
援兵 だ・・・!
右からも左からも、ひっきりなしに襲いかかってくる。味方同士 で剣がぶつからないようわずかな間隔 だけが空く。一人を片づければ、もう順番を決めているかのようにすぐに次が仕掛 けてくる。息つく間もない。
ある時、右腕に焼けつくような痛みが走った。斬 られた・・・!
ほんの一瞬だったが気をとられてしまい、見逃 さない敵の襲撃 が、次は左腿 を傷 つけてきた。深手 だ。レイサーは歯を食いしばったが、頭では舌打ちした。くそ、膝 が震えて体をうまく支えきれない・・・!
自分の戦いに対する全てがいっきに崩れていった。そこへ背後から蹴 り倒 され、もうボロボロで立ち上がることもできないのに、さらに三人がかりで頭や肩、それに背中を押さえつけられたのである。
そうして、腹這 いのまま荒い息をついているだけのレイサーは、乱暴に両腕をつかみ取られ、そのまま腰の辺りへ回された手首をきつく縛 られてしまった。
彼らは、地面を這う植物に足をとられそうになりながら、雑草で埋め尽くされた低い
すると不意に、アベルが足を止めて振り向いた。
角笛の音が聞こえたのだ。
ほかの者たちも立ち止った。そして視線をさ迷わせた。
不吉な音は別の方角からも吹き鳴らされている。森を反響して響いてくる。
「急げ!」
レイサーはラキアの手を引いて駆けだした。とにかく、まずはこの目につきやすい跡地を抜けなければ!
しかし、もはや森のそこらじゅうに散らばってアベルを探し回っていた敵が、後ろだけでなく横の雑木林からもいっきに集まってくるのが分かった。角笛に続いて
向こうは馬で追いかけてくる。対して、こっちは自分の足。こんな開けた場所では、すぐに捕まってしまう。すでにもう、そこまで来ている。考える間もなく迫り来る。
そうして逃げるうちに、この広大な跡地の中でも木がある場所に出た。木には何か大きな実が生っている。恐らく庭だったところだ。
走りながらある考えに悩んでいたアベルは、ここでついに決心して、背中から弓を外した。そして矢をつがえて立ち止り、クルリッ! と振り向いたのである。
「近寄るな!」
アベルはめいいっぱい強がって叫んだ。
「
レイサーもリマールも、そしてラキアも驚いて足を止めた。
馬に乗った
状況としては、一人の
ほとんど気休めで持ってきた武器が、
レイサーは、リマールとラキアを下がるように
ためらいながら距離を置いている刺客のうち、二、三人が
「動くな! 」
弓を
「見ろ、これは警告だ!」
その直後、すとんと上から落ちてきた大きな丸い木の実が、音をたてて地面に転がった。
思わず言われた通りに注目した敵の誰も彼もが、目をみはり言葉を失っている様子。
「動けば急所を狙う。」
アベルは次の矢を
「その弓、人に向けて
一歩一歩と仲間を連れて下がりながら、レイサーはささやき声できいてみた。
アベルは
「人を殺したことはあるか。」
別人のように
「あ、ありません。だいたいは木の実を
アベルは震える声で弱々しく答えた。
だよな・・・と肩を落として、レイサーは剣を引き抜く。
案の定、アベルの
「じゃあ、ちょっと
レイサーは
彼は、久々に
そして・・・。
レイサーは突然、
すごい・・・!
敵を
敵もここまでの実力を予想していかったようで、その誰もが
しかし、多勢に無勢もいいところ。ここには一対何人か分からないほどの刺客が集まっている。いくら
アベルは覚悟を決めた。
手助けしないと!
男が一人、足を引き
レイサーが驚いて
「撃ったのか。」
アベルは目を閉じてガクガクとうなずいた。
「いい腕だ。死なない部位でいいから頑張って狙ってくれ。
アベルはひどい
それは敵の腕や足を見事に痛めつけたが、やがて全て使い果たしてしまった。
何人もの敵を地面にうずくまらせることはできた・・・が、
レイサーが一人で何人も相手をしている
ガキンッ!
ほとんど奇跡的に、リマールの短剣がそれを受け止めていた。リマールは自分でも驚きだったが、山で自然と
一方この間、ラキアは少し後ろで両手の指を組み合わせていた。ただ、呪術の構えではなく、ただおろおろと神に祈っているだけ。精神を集中させることができないこんな状況では、情けのないことに何の役にも立たない。しかし幸いなことには、ラキアを手にかけようとする最低な敵が、ひとまずこの中にはいないようであることだった。
ついにリマールも支えきれなくなり、短剣が横へ滑り落ちた。サッと身をかわし、アベルもそこにはもういなかったので、振り下ろされた敵の
アベルは グイッ! と上着を引っ張られて横へよろめいた。同時に、今度目の前に現れたのはレイサーだ。アベルがそうと気づいた時には、レイサーはすでにその敵を
「先に行け!あとは俺に
「でも・・・!」
「この人数ならやれる。そうだ、例の場所で落ち合おう。」
アベルとリマールは顔を見合い、思いきると、ラキアを連れてレイサーの背後から離れた。
それから間もなくして、レイサーは、急にまた敵の数が増えたことにハッと気づいた。
右からも左からも、ひっきりなしに襲いかかってくる。
ある時、右腕に焼けつくような痛みが走った。
ほんの一瞬だったが気をとられてしまい、
自分の戦いに対する全てがいっきに崩れていった。そこへ背後から
そうして、