5. 用心棒を得て

文字数 2,882文字

 レイサーのおかげでいちいち案内札を確認する必要が無くなり、一行は、ただただ東へと歩き続けた。依然(いぜん)として、本流の広い川沿いの道は()けた。レイサーが良く知っていて、道とは呼べないが比較的歩きやすい場所を進んでいた。灌木(かんぼく)の間を楽に通り抜けることができ、草が茂っていても、うっとおしいと思うほどではなかった。シダが生えている小川を横切った。
 
「この森はいつ抜けられますか。」

 ある時、リマールが新たに加わった仲間・・・正直、まだ用心棒(ようじんぼう)という意識しか無かったが・・・に、そう声をかけた。

「今日は無理だな。今夜は野宿(のじゅく)して、明日の朝早く立てば、午前中には出られるだろ。」

 でもやっと、森を抜ける目途(めど)がつくところまではやって来られたんだ・・・と、アベルとリマールは顔を見合わせ、ホッと吐息(といき)をついた。

 嵐にも遭ったし、病気にもなったし、何より刺客(しかく)に追いつかれたことで、この山の(ふもと)の森にはすっかり悪いイメージがついてしまった。こんな不吉な森からは早く脱出したい! と思っていた。ああ、そうだ! 今朝は山賊(さんぞく)にも出くわしたじゃないか!

「その先には、何がありますか。町は?こっちの方へは行ったことがないので。」と、もう少し話がしたくて、今度はアベルがきいてみた。 

「村・・・だな。宿もあるが、町と呼べるほどの所へたどり着くには、もうニ、三日かかる。だが、村でも食料や物資は手に入るよ。」
(くわ)しいんですか。行き慣れているとか。」
「それほどじゃない。俺はいろんな所へ行ってるし、素通りすることもよくある。」

 これまでのところ、レイサーの方から、何か個人的な質問をしてくるということはなかった。

 アベルの方では、本当は彼自身のことも知りたい気がしたが、そういう質問は妙に抵抗(ていこう)があって口にできなかった。なぜだろう・・・きけば淡々と答えてくれるし、心配したほど感じが悪いこともないんだけど。

 そうしてそのまま、薄暗くなるまで先へ進んだ。

 そしてようやく、レイサーが、「今夜はここにしよう。」と足を止めて、野宿の場所が決まった。一メートルほど低くなった少し開けた場所で、地面を()れ草が(おお)っている。

 まだ明るい中、質素な夕食を早めに済まそうとすると、レイサーが小さな鍋を荷物の中から取り出した。それに、今日出発したばかりなので、キノコやタマネギやジャガイモなどの野菜も少し。彼は手際(てぎわ)よく火を起こし、鍋をかけ、それらの食材をナイフでザクザクと乱切(らんぎ)りにしたものを豪快(ごうかい)投入(とうにゅう)香草(こうそう)と一緒に煮込んで、最後に塩で味を調えただけの簡単な野菜スープをごちそうしてくれた。

 感動するほど美味(うま)かった! 作り方は簡単なのに、野菜の(うま)みが溶けだしたスープは、夕方になり冷え冷えとしてきた体を温めてもくれた。

 アベルとリマールが実際に口に出してそう言うと、彼は、「機会があったら、また作ってやる。」と言って目元(めもと)(ゆる)めた。

 少し距離が(ちぢ)まった気がした。

 そのあとは、スープに使って少なくなった飲料水を、リマールが進んで()みに行ってくれた。

 レイサーは荷物を枕にして、アベルの隣に横になった。 

「それじゃあ、俺は今夜、番をするから寝る。夜が()けたら起こしてくれ。」

 そうして目を閉じた彼は、身じろぎもしなくなった。

 そんな数秒で眠りにつけるとは思えなかったが、とにかく話しかけてはいけない状態になった。

 アベルは自分のわきを見下ろして、とりあえず彼を観察した。
 まだ戦うところを見てはいないし、この人のことをよく知らないけど、一緒にいてくれるだけでずいぶん心強くなった。そばに置いてある長剣も、やや大振りのもので、とても堂々としているように見える。格好(かっこう)良くて、高価そうな剣だ。()(はがね)色の(さや)に明るい銀(シルバーホワイト)の装飾が入って、(つか)の根元には小さな青い石が付いている。どこかぶっきらぼうで(するど)いこの人には、ぴったりの剣だと思った。

 戦う姿はどんなふうだろうと想像しながら、アベルはまたレイサーの寝顔を見つめた。 

 この状況から、今は自分が見張り番の立場なのだが、特にすることがなくて(ひま)だった。

 すっきりしない天気が続いているので、()()越しに見えている空には、薄暗い藍色(あいいろ)の雲が広がっている。もうすぐ夜になろうとしているが、視界が暗闇に閉ざされるまでにはまだ少し時間がありそうだ。
 そんな暗い空を眺めていても、たいして暇潰(ひまつぶ)しにはならない。
 辺りはとても静かだった。風の声をよく聞くことができそう。アベルは陰気(いんき)な空を見るのを止めて、目を閉じることにした。それに自分の場合、番をするならこの方がいいかもしれない。

 アベルはしばらく、そのまま静かな音を聞いていた。

 十分かそれくらいたって、アベルは風の声の変化に気づいた。
 何か気配を知らせてくれている。
 近付いてきているのは・・・(わざわ)い?

 そうと確信したとたん、アベルは体じゅう緊張感に支配された。恐る恐る立ち上がり、戦慄(せんりつ)を覚えてあちこちに目を()らす。今いる場所は窪地(くぼち)だが、身を(かく)すにはじゅうぶんではないと思った。

 でも、レイサーは仮眠中だし、どうしよう・・・起こすのは悪いな。

 一人悩んでいるそこへ、水を汲みに行っていたリマールが戻ってきた。
 とりあえずレイサーを起こさないようにして、二人は小声で相談した。

 結果、リマールが、「場所を変えた方がいいと思う。」と判断し、アベルも同意して眠っているレイサーの肩を軽く二度叩いた。

「起きて。」

 すぐに目覚めたレイサーは、さすがに意識もしっかりしていた。彼はまず空を見て、それから視線を周囲に向けると、怪訝(けげん)そうにアベルを見た。

「・・・まだ少し明るいじゃないか。」
「人が来ます。それに、きっとまた雨が降る。」
「・・・何も聞こえないぞ。」
「時々、風が教えてくれるんです。イルマで育てば自然と身に着くことだと言われました。ただ、町では自然以外の多くの音が入ってくるから、風の声を聞くのは難しくなるらしいけど。とにかく、この音・・・(いや)な感じだ。」

 それを聞いたレイサーはすぐには何も反応せず、アベルを見つめているだけだった。だが、胡散臭(うさんくさ)そうに人を見る目ではなかった。単純に不思議な人を眺めるような、そんな表情。

 そして、一言こう言った。
「よし、移動しよう。」

 レイサーは身軽(みがる)窪地(くぼち)から出ると、また二人を連れて歩きだした。
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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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