15. 月夜の祈り ― 最後の行程へ
文字数 2,144文字
寝室の窓から、礼拝堂 と思われる小さな建物が見えていた。
アリシア姫が退席してから、一時間はとっくに経っている。もうお祈 りを終えただろうか。祭壇 の前で 膝 をついて両手を組んでいる彼女の姿が、自然と目に浮かんだ。同時に、食堂で最後に見た城主の悲痛な顔を思い出した。
薬は必ず、何としても届けてみせる・・・アベルはよりいっそう強くそう胸に誓った。
そしてまた、窓の外に見えている礼拝堂を見つめる。
窓辺から離れたアベルは、廊下に出て、何となくそこへ向かっていた。
そして、何となく思いつきで行動してしまったので、誰にも断 りを入れずに来てしまった。今、目の前には、白壁 の礼拝堂が慎 ましやかにたっている。その屋根の上には、白く輝く月がはっきりと浮かんでいる。「さあ、お祈りなさい。」というように、夜空から優しく見つめ下ろしてくる。
アベルは礼拝堂の前の段を上がって、扉に手をかけてみた。
鍵が開いている。勝手に中へ入ってみると、正面奥の祭壇の後ろは、縦長の窓になっていた。そこからまともに射し込む月明かりで、蝋燭 が立っている燭台 が三つ並んでいるのが見えた。
そのまま中央を歩いて祭壇へ向かい、三つとも蝋燭を点けた。
王アレンディルは、毎日自分のために祈ってくれたと聞いたアベル。今度は自分がお返しする番。
アベルは、祭壇から少し下がって両膝をついた。そしてゆっくりと目を閉じていき、心を込めて祈った。
兄王様の病気がすっかり治りますように・・・。
小鳥のさえずりが歌声のように響き渡る爽 やかな朝。
アリシア姫や奥方と別れの挨拶を交わした一行は、城主エオリアスとアルヴェン騎士と一緒に、厩舎 の方へ向かった。
まばらに草が生えている柔らかい土に覆われた庭には、厩舎から連れ出された三頭の馬がいた。
だけど・・・あれ・・・機嫌 悪そうに、前脚 を踏み鳴らして首を振り立てているのが一頭いる。かと思うと、馬丁 が手綱 を放せばスッと落ち着く。ナイフのように尖 った馬だ、とアベルは思った。その毛の色は若干 明るくも感じる黒で、部分的に褐色 が見られる。普段は冷静で、戦う時には爆発 的に荒々 しくなる。そんなイメージをその馬に抱くと同時に、アベルは黒髪の剣士に目をやった。戦うところをまだ知らないから思うだけだけど・・・あの馬、誰かさんみたいだ。このまま、彼の戦う姿を見ることなく、王都へたどり着けますように。
そんなことを考え、祈っているアベルのそばでは、リマールもさすがに気になったようで、馬丁に話しかけていた。
「あの・・・おとなしいんじゃあ。」
「ああ、どうしても都合 がつけられなくて。オリファトロスは気が荒いぶん身体能力が高く、なかなかの駿馬 なんですけどね。二頭に分かれて乗りますか。」
「いいよ、俺が乗るから。」
言っている間に、レイサーは驚くほど身軽にその背にまたがると、手綱を締 めてあっという間に御 し、軽く走らせた。
パッカ、パカ・・・と、青鹿毛 の駿馬はいきなり出来た主人に従い、軽快に馬場を駆け回っている。どうも認めた者しか乗せない馬を、華麗に乗りこなしている騎手は、神話に出て来る英雄のようだ。
レイサーは、ぽかんと口を開けて見つめてくる連れたちに馬を寄せた。
「何か言いたそうな顔だな。」
「だって、そこそこなんて腕じゃない。」と、アベル。
「以前は兄貴達と一緒に騎士になる訓練を受けてたからな。ほら、ラキア。お前は俺の前に来い。」
「ええー・・・。」と不満そうに、ラキアはちらとアベルを一瞥 した。
そのあと、アベルとリマールは、そこでレイサーとアルヴェンに乗馬の基本を教えてもらい、背の高いおとなしい馬をぐるぐると歩き回らせた。よく言うことを聞いてくれる従順 な馬たちだった。どちらも毛の色は黒っぽい茶色だ。目立たない色の馬ということも気にすると、中でも穏 やかなのがこの二頭だけになり、レイサーの馬は、体調が整っていて目立たず、今空いている・・・ということで選ばれたらしい。
ちなみに、アベルが乗ることになった馬はアズバロン。リマールの方は、アイオロスという名前だった。
召使いが荷物を鞍 につないでくれているあいだ、アベルとリマールはレイサーに言われて、より仲良くなろうと優しく馬首をなでた。本来、馬はとても警戒心が強くて、音に敏感 な動物。ちゃんと姿が見えるように左側の目に近い位置に立ち、そうしながら穏やかに声をかけ続けてコミュニケーションをとった。
間もなく出発の準備が整った。
オリファトロスは、レイサーの言うことはよく聞いて、怖がるラキアを嫌がらずに乗せてくれた。それか、実は女好きのどちらか。
城主エオリアスは白馬に、アルヴェンも栗毛 の馬に乗ると、二人は見送るために大手門(正門)まで付き添ってくれた。
昨日、城主が帰城したあと上げられていた跳ね橋が下りていた。
長い石橋を渡りきって城の方へ馬を回すと、城主とアルヴェンはまだ門の前にいる。高い塔の部屋の窓にも、アリシア姫と奥方が一緒になって手を振ってくれているのが見えた。
それに同じ仕草 で応 えた旅人たちは、フェルドーランの森の奥へと、常歩 で馬を歩かせた。これから、いよいよ最後の行程 に入る。
王都アンダレアは、この森を抜けた先にある。
アリシア姫が退席してから、一時間はとっくに経っている。もうお
薬は必ず、何としても届けてみせる・・・アベルはよりいっそう強くそう胸に誓った。
そしてまた、窓の外に見えている礼拝堂を見つめる。
窓辺から離れたアベルは、廊下に出て、何となくそこへ向かっていた。
そして、何となく思いつきで行動してしまったので、誰にも
アベルは礼拝堂の前の段を上がって、扉に手をかけてみた。
鍵が開いている。勝手に中へ入ってみると、正面奥の祭壇の後ろは、縦長の窓になっていた。そこからまともに射し込む月明かりで、
そのまま中央を歩いて祭壇へ向かい、三つとも蝋燭を点けた。
王アレンディルは、毎日自分のために祈ってくれたと聞いたアベル。今度は自分がお返しする番。
アベルは、祭壇から少し下がって両膝をついた。そしてゆっくりと目を閉じていき、心を込めて祈った。
兄王様の病気がすっかり治りますように・・・。
小鳥のさえずりが歌声のように響き渡る
アリシア姫や奥方と別れの挨拶を交わした一行は、城主エオリアスとアルヴェン騎士と一緒に、
まばらに草が生えている柔らかい土に覆われた庭には、厩舎から連れ出された三頭の馬がいた。
だけど・・・あれ・・・
そんなことを考え、祈っているアベルのそばでは、リマールもさすがに気になったようで、馬丁に話しかけていた。
「あの・・・おとなしいんじゃあ。」
「ああ、どうしても
「いいよ、俺が乗るから。」
言っている間に、レイサーは驚くほど身軽にその背にまたがると、手綱を
パッカ、パカ・・・と、
レイサーは、ぽかんと口を開けて見つめてくる連れたちに馬を寄せた。
「何か言いたそうな顔だな。」
「だって、そこそこなんて腕じゃない。」と、アベル。
「以前は兄貴達と一緒に騎士になる訓練を受けてたからな。ほら、ラキア。お前は俺の前に来い。」
「ええー・・・。」と不満そうに、ラキアはちらとアベルを
そのあと、アベルとリマールは、そこでレイサーとアルヴェンに乗馬の基本を教えてもらい、背の高いおとなしい馬をぐるぐると歩き回らせた。よく言うことを聞いてくれる
ちなみに、アベルが乗ることになった馬はアズバロン。リマールの方は、アイオロスという名前だった。
召使いが荷物を
間もなく出発の準備が整った。
オリファトロスは、レイサーの言うことはよく聞いて、怖がるラキアを嫌がらずに乗せてくれた。それか、実は女好きのどちらか。
城主エオリアスは白馬に、アルヴェンも
昨日、城主が帰城したあと上げられていた跳ね橋が下りていた。
長い石橋を渡りきって城の方へ馬を回すと、城主とアルヴェンはまだ門の前にいる。高い塔の部屋の窓にも、アリシア姫と奥方が一緒になって手を振ってくれているのが見えた。
それに同じ
王都アンダレアは、この森を抜けた先にある。