8. 留置所に・・・

文字数 2,761文字

 「どこから来た?」と、衛兵(えいへい)がきいてきた。
 アベルはややためらい、そしてこう答えた。
 「西の方からです。」
 「どこへ寄ってきた。」
 にこやかだった彼の表情が、この時から明らかに変わった。真面目(まじめ)で抜かりない、軍人(ぐんじん)の顔つきになった。

 アベルはとたんに不安を覚え、心臓がドクドクするのを感じた。
 嫌な胸騒(むなさわ)ぎがする・・・。
 「なぜですか。」
 衛兵の男はそれには答えず、視線をラキアの方へ向ける。
 「君はずっと一緒に旅を?」
 「ううん。この前から。」
 彼は、再びアベルやレイサーの顔を見た。
 「ガゼルの宿泊街(しゅくはくがい)には行かなかったか。」

 きちんと支払いをせずに逃亡(とうぼう)したことで、手配書が回っているんだ・・・と、アベルははっきりと理解して、レイサーやリマールと目を見合い、(だま)った。

 その衛兵はいよいよ(するど)い目つきになり、(きび)しい声で言った。
 「少し話を聞かせてもらいたい。」





 一行はそのあと荷物と武器を(あず)け(実質、没収)、塔の中にある取調室(とりしらべしつ)のような部屋に連れて行かれた。そこへ、もう一人あとから来た衛兵が加わった。アベルは、この男性に見覚えがあった。橋の周辺に目を()らしていた時だ。彼は四、五人集まっている衛兵に、何やら指示を出しているように見えた人。 

 そのあと彼らは、この二人から、旅の目的や目的地などたっぷりと質問()めに合った。しかし答えは二転三転し、当然、関守(せきもり)のマルクスに会いたがった理由も追及(ついきゅう)されたが、曖昧(あいまい)な返事とごまかしばかりしていたので、余計に怪しく印象を悪くする羽目(はめ)に。

 そしてとうとう、無銭飲食(むせんいんしょく)容疑(ようぎ)をかけられ、橋から少し離れた留置所(りゅうちじょ)拘束(こうそく)されることになってしまった。

 その時一緒にいなかったラキアだけは、ひとまずそのまま塔の別部屋で待たされることになった。

 その小さな建物に入ると、事務室の机の椅子に当番の兵士が一人座っていた。

 最初に彼らを取調室へ連れていった衛兵は、その兵士に近づき、連れてきた者たちのことを話した。

 話を聞いている兵士が、三人の方に視線を向けてきた。

 そして最初の衛兵は出て行った。

 「さて、ここは近辺(きんぺん)で犯罪をおかした者や、君たちのような怪しい者を一時閉じ込めておく所だ。ついて来なさい。」と、当番の兵士が言った。

 「そのあとは。」
 レイサーがきいてみた。
 「君たちには、ガゼルの宿泊街で罪をおかした疑いがかけられているんだろう? なら、アイゼン市の役所へ送られ、またじっくりと取り調べを受けたあと、場合によってはそこの領主(りょうしゅ)様かお代官(だいかん)の前へ引き出されることになる。」
 「それはいつ。」
 「明日の朝だ。」

 「あの、それなら関守(せきもり)のマルクスさんに先に会わせてもらえませんか。それまで待ってください。」
 アベルは身を乗り出して、すがるように(たの)んだ。
 「なぜ。」
 「それは・・・。」
 「とにかく、会わなければいけないんです。そうすれば疑いはすぐに晴れます。僕たちは潔白(けっぱく)です。」
 リマールが代わって(うった)えた。

 「それなら、どこへ行っても恐れることはない。アイゼン市で証明するといい。」
 「そんな時間は無いんです。」
 アベルが少し苛立(いらだ)って()め寄った。せっかくここまで来たのに戻るなんて、どんなに時間を無駄にすることか。王様の命がかかってるのに・・・。

 「あの、それじゃあ、橋の向こうのラトリ市の領主様に会わせてください。イスタリア城の城主様に。お願いします。」
 兵士は呆気(あっけ)にとられた。いったい、どういうつもりか。
 「君は、いきなり何を言っているんだ。」

 兵士はクローゼットから、たたんで常備(じょうび)してある毛布を三枚手に取り、壁についているフックから(かぎ)(たば)を外して、再びついてくるように言った。

 奥のドアを開けると細い廊下が伸びていて、川沿いに小部屋が三つ並んでいた。そこはシンとしていて、何の物音もしてこない。どうやら不届(ふとど)きな先客(せんきゃく)はいないようだ。

 そういうわけで、三人は手前の小部屋に入れられた。石畳(いしだたみ)の床にゴザが敷いてあり、部屋の(すみ)っこには、どうぞご自由にお使いくださいといった具合(ぐあい)に、(わら)(かたまり)がドンと置かれてあった。

 兵士は、レイサーに三人分の毛布を手渡して言った。
 「朝、迎えが来るまで、君たちの世話は私が引き受ける。もし具合が悪くなったりしたら呼びなさい。」

 その兵士がそんな優しい声をかけてくれたのには、訳があった。武器や荷物を取り上げられた時、リマールがベルト通しにくくりつけている大事な薬だけは、持病があって発作(ほっさ)止めだと説明したら、水筒(すいとう)と一緒にそのまま持たせてくれたのである。

 兵士はドアに鍵をかけ、隣の部屋へ戻って行った。

 無情に響く、次第(しだい)に離れていく足音を、アベルは泣きたい気持ちで聞いていた。

 ゴザの上に毛布を置いたレイサーは、灰色の壁と、石畳の無機質(むきしつ)な室内をぐるりと眺めた。
 「牢屋(ろうや)と変わらないな。俺たちはまだ重要参考人のはずだが?」
 「やっぱり正直(しょうじき)に話そうか。通してくれるかも。」
 アベルが言った。
 「さっきの世話係という名の看守(かんしゅ)にか? 上の者から聞いてないなら、そうはいかないだろう。」
 「それに、なるべく正体(しょうたい)を隠すように言われてるよ。マルクスさんと会うことさえできれば、無罪放免(むざいほうめん)なんだろうけど。」
 リマールが言った。

 「これはある意味、(わな)にはまったようなものだ。アイゼンへ送られる途中、おそらく刺客(しかく)の一団に襲われる。」
 「そんな・・・。」
 アベルとリマールは、そう声をそろえてがっくりと肩を落とした。

 レイサーは、(わら)(かたまり)をいい感じに(くず)して広げると、ガタガタしても仕方がないと言わんばかりに腰を下ろして(くつろ)ぎだした。

 「ほら、ゴザよりはきっと快適(かいてき)だぞ。」

 アベルもリマールも、暢気(のんき)なレイサーに(あき)れながらもそばへ行き、同じように座ったあと、長いため息をついた。


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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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