4.  洞窟の夜

文字数 1,394文字

 アベルはハッとした。記憶が飛んでしまったようだった。それから落ち着いて、思い出した。今どこにいて、どういう状況なのかを。

 辺りはだいぶ暗くなっていた。

 心配で、不安で眠れなかったのに、体が(つら)くて、少しは眠ることができたらしい。 

 なのに、まだリマールの気配がない。

 何かあったのかも・・・。居ても立ってもいられず探しに行きたいけど、体が動いてくれない。薬を飲んだのに、今朝より体が重い気がする。

 なんだか情けなくなり、ひどく心細くて目に涙が浮かんだ。

 ちょうど、その時。

「お待たせ、さすがに全部 湿(しめ)ってて苦労したけど、何とか集められた。大丈夫だった? 誰か人の気配とか。」

 リマールの声がして、次には岩陰からその姿を見ることができた。

 良かった、無事に帰ってきた。

「うん、誰も、何も来なかった・・・たぶん。」

 微妙(びみょう)涙声(なみだごえ)で鼻もぐすぐす鳴らしてしまったけど、リマールは気づかないふりをしてくれたようだった。

「今、火を起こすから。」

 リマールは必要な小道具を取り出し、火を起こす準備をした。彼は慣れていて手際(てぎわ)には何の問題もなかったが、やはり材料が良くなく、苦労した。だが成功した! 洞窟の奥で見つけたものが、かなり役に立ってくれた。
 
具合(ぐあい)どう?」
「悪くなったかも・・・。」
「もしかして、今起きた?」
「うん。」
「もう少ししたら、楽になると思うよ。」

 ずっと寝そべっていたアベルは、だるい体を無理に起こして座り、岩肌にもたれた。

 しばらくそうしていると、本当に少し気分が良くなってきた。食べられそうだという気がして、干し果物を少しかじった。それから、リマールが補給してくれた水と一緒に、また薬を飲んだ。

 焚き火の炎で暖められると、アベルはさらに元気を取り戻した。顔色も表情もよくなり、ハキハキとしゃべれるようになった。

 二人は、チロチロと輝く炎を見つめながら話をした。

「それにしても信じられない。アベルが王様の弟だなんて。」
「僕だってそうだよ。ぜんぜん実感が湧かない。」
「でも、家族に会えるよ。血を分けた本当の家族に・・・(うれ)しい?」

 すぐには答えられずに、アベルは視線を落とした。

「分からない・・・正直、怖い。だって、王様がお兄さんだなんて急に言われても、夢みたいだ。」
「そっか・・・そうだよね・・・。」
「ほんとに喜んでくれるのかな・・・長い年月、会いに来てくれなかったのに。」
「仕方がない事情があったんだろう?」
「そう聞いたけど・・・ちょっと納得(なっとく)できなかった。」
「大丈夫だよ。王様のことはいい(うわさ)しか聞いたことがない。」

 リマールは声に力を込めてそう言い、にっこりと微笑んで、焚き火に小枝をくべた。

「きっと喜ぶよ。」

 外からは湿っぽい空気が流れ込んでくるようだった。しとしとと雨音らしきものも聞こえる。外は暗く、入口の大きな岩が視界(しかい)(さえぎ)っているのでよく見えないが、また雨が降り出したらしい。出発するまでに止んでくれたらいいけど・・・。

 岩越(いわご)しに見える夜空に目を向けた二人は、少し黙って一緒に祈った。
 明日は、太陽がはっきりと見られますように。

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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