8.  北の暗殺者

文字数 1,663文字

 迂闊(うかつ)だった。()げ口や聞き込みをされることを考えていなかった。

 二人はぞっとしながら走った。危険がすぐ近くまで迫っていた。アベルは急に(おのれ)の立場を自覚し、現実的になり、嫌というほど痛感した。そうだ、僕は命を狙われてる。もっと用心深く、慎重(しんちょう)に行動しくちゃいけない。何としても、無事に王都へ着かなければならないというのに・・・!

 二人は追っ手がいる方とは反対側の裏道を、暗闇(くらやみ)の中 手探(てさぐ)りで静かに逃げた。よく見ることができないので状態が分かり辛い。これは道と呼べるのか。足には(やぶ)を踏みつけているように植物が(から)みついてくるし、頭や顔には小枝か固い(くき)がピシパシと打ちつけてくる。少し上り坂になっていて、でこぼこしている。足首をくじいてしまいそうだ。

 でもとにかく、少しでもここから遠く離れないと。あの男達・・・敵が追いかけて来るかもしれない。 もし捕まったら、どうなるんだ? そんなこと・・・きっと、すぐに殺されるに決まってる。敵が望んでいるのは、現国王の早い病死とそして、法律で守られている真の次期王位継承者が完全にいなくなること。だから、僕を生かしておく意味はない。奴らは暗殺者なんだ!

 そう冷静に考えたアベルは、いよいよ恐ろしくなり、追っ手が気になって後ろを見た。

 はっ・・・小さな灯りが近づいてくる・・・!

 ランタンの黄色い炎が一つ、ゆらゆらと揺れていた。(ひづめ)の音はしない。大勢ではなさそうだ。だがそれは、こんな険しい道でも慣れたようにみるみる迫ってくる。

 一方の二人は、暗い夜道を灯りも点けずに進んでいるため、早く行くことができない。

 そこで慌てて道を()れ、(たけ)高い植物を掻き分けて、藪の中に身を潜めた。

 すると、次第に何かしゃべっているのが聞こえてきた。

 灯りは二人が隠れている場所よりまだ数メートル後ろにあったが、そこからの声は聞くことができた。

「アベル、リマール、どこだ?」

 追いかけてきたのは主人だ。

「話がある。大事な話だ。あんた達にとって、とても重要なことだ。信用してくれ。俺は大丈夫だ。どこにいる?」

 周りを気にするような声で、主人はそんなことを口にしながらやってくる。

 ところが、通り過ぎてくれるのを待っているというのに、彼はふらふらと地面に両膝をついて歩くのを止めてしまった。

「ああ、俺は、なんてバカなことをしようとしたんだ。あの二人はいいヤツだった。なのに・・・」

 (ひと)り言と取れるこれは小さな声だったが、暗闇の中それは(あわ)れに響いた。

 二人は驚いて顔を見合う。 
 リマールは思わず立ち上がろうとしたアベルの腕をつかみ、強く下へ引っ張った。
 アベルは少し浮かした腰を落とした。

「奥さんは逃がしてくれた。」
「個人的に・・・ってこともある。」
「誰もいないところで、あんなふうに(うそ)泣きする人なんていないよ。」
「僕たちをおびき出す作戦かもしれない。」

 二人は息遣いと変わらないようなかすかな声で、ひそひそと言い合った。

「でも・・・。」
「僕が行く。」

 意外な返事に、アベルは胸をつかれて黙った。

 かたや、リマールが決心した理由はこうだった。
 これは賭けだ。もし例の薬を作れる薬剤師だと知られていたら、今出て行って捕まり、奴らのところへ連れて行かれれば、やはり殺されるだろう。でも、主人は大事な話があると言っていた。先ほどのその姿に嘘が無いなら、彼は自分たちにとっても有益(ゆうえき)な情報を持っているはず。奴らのことを知っているのだから。ならばそれは、この先の危険を回避(かいひ)するために、きっと覚えておいた方がいいことだ・・・と。

 そうしてリマールは、アベルの居場所(いばしょ)を悟られないよう、(くさむら)の中を静かに歩いて距離をとると、まるで幽霊のようにそっと道へ戻った。
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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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