4. 護衛の依頼

文字数 2,605文字

 (かし)の木の高くも低くもない中途半端(ちゅうとはんぱ)な位置に、それはあった。だいたい木で造られた、中途半端なツリーハウス。外には途中(とちゅう)で折り返す、広くも(せま)くもない木造の階段。小屋は廃材(はいざい)も使って作られたようだが、それにしては案外しっかりしていて、広さは三(つぼ)あるかないかというくらい。いろいろ納得(なっとく)の中途半端な住処(すみか)

「本当にご兄弟で、貴族なんですか。」 
 原始的な小屋の床に腰を下ろすと、アベルがつい口にしていた。

「そうかどうかは、生まれた家が良かったってだけの話だ。」

 そんな淡々とした返事がすぐに返ってきた。
 思わず失礼な質問をしてしまったが、気分を害されたということはなさそうで、アベルはホッとした。

 それというのも、マットの上に無造作(むぞうさ)に布団を乗せただけの寝場所に、小さな木製の座卓(ざたく)壁面(へきめん)に板を取り付けた棚にはわずかな食器、頭上に渡してある枝にはハンガーに掛けた服が何枚か干してある。あとは、(すみ)の方に何か細かいものがごちゃごちゃと置かれてあった。何というか・・・間に合わせ、適当、自然体。この人からは貴族の気品が感じられないのである。

 ただ、このツリーハウスは悪くはなかった。開放的な大きな窓にはガラスは無く、木の扉がついているだけ。その窓から、雪のように白い滝が見えた。落差(らくさ)は無いが幅が広く、絶え間ない水音を響かせながら、青く澄みきった川の滝壺(たきつぼ)に流れ込む。その景色がツリーハウスにいて観られることが、何より素晴らしかった。

 アベルもリマールも、しばらく時を忘れてそんな窓の外に魅入(みい)っていた。その時、精悍(せいかん)な彼の顔が、少し(ほこ)らしげに(やわ)らいでいるのが分かった。実家の領地にある大きなお城より、この原始的で小さな住処(すみか)にとても満足しているんだとアベルも納得(なっとく)し、共感できた。

 さて、そろそろ用件を伝えないと。

 リマールが、今日はここに来るつもりで、ずっと上着の内側にしまっていた例の手紙を引っ張り出した。

 レイサーは手を伸ばして、確かに手紙を受け取った。

 封はされていなかったが、それは最後にきちんと封筒に入れられ、内容もだいたい知っているので、二人ともこっそり取り出して読むという魔も刺さなかった。

 そう、内容はだいたい知っている。護衛(ごえい)の依頼だ。

 それを最初、(あご)に手を当てて難しい顔で黙読(もくどく)していたレイサー。だがある時、なぜか妙な(うす)ら笑いを浮かべて顔を上げた。

「了解。」
「え・・・。」
「なに。」
「いいんですか。」と、アベルは確認した。
「なんで。」
「いやあの・・・すぐには引き受けてもらえないかもって・・・言われてたので。」
「だって、あんた王様の弟だろ。」
「まあ・・・そうみたいですけど・・・。」
「なら、そういうことだよ。」

 さっぱり分からない。

 愛想(あいそ)が悪いというのはなるほど、少し苦手なタイプかも・・・と、アベルは気後れした。でも助けてくれたし・・・悪い人ではないどころか、どちらかというと善人(ぜんにん)であることは分かる。そうでなければ、ルファイアス騎士だって紹介しないだろうし。

 でもとにかく、話が上手くいって良かった。剣の実力は分からないが、さっきその強さを垣間(かいま)見た気がした。やっぱり、一緒にいてくれるのといないのとでは、気持ちのうえでも旅の苦労が全然違ってくるだろう。

「ありがとうございます。助かります。」
「ああ仕事だからいいって。」

 何がどういうふうに書かれているんだ・・・?

 ここでレイサーが、「それ・・・王家の?」と、アベルの首の(くさり)に目をくれてきた。
「知ってるんですか。」
「ああ、見たことがある。俺の家は王家とも親しいから、何か式典が開かれる度に、その席でな。奴らともみ合いになっていたのは、それが原因か。」
「はい。」
「当然だ。そんな高価な宝石ぶら下げてたら、命がいくつあっても足りないぞ。お前たちじゃあ。」
「あの・・・鎖しか見られてないんですけど・・・その前にあなたが助けてくれたので。」
「なんでまた・・・兄貴も危ないことをさせる。それに、もしそれを取られたり、無くしたらどうなるんだ?」

 レイサーはアベルから視線を外してそれを言ったので、はっきり聞こえたが(ひと)り言らしい。

「関所でこれを見せるように言われました。そうしないと、何かいろいろと問題があったり、面倒(めんどう)なことになるんだと思います。」
「なるほど。」と、レイサーは(あき)れたような声で言った。
「あの・・・首にかけないでいた方がいいでしょうか。」
「いや、落とす方が怖い。盗まれるなら捕まえられる自信があるが、無くしたら見つけられる自信はない。」

 それからアベルとリマールは、これまでのことと警戒すべき者達の情報をレイサーに知らせた。

 聞き終えると、レイサーは難しい顔をして少し黙った。

模様(もよう)のない灰色と黒の恰好(かっこう)・・・紋章(もんしょう)のない灰色と黒の武装(ぶそう)ってことだろうな。悪事用の特殊(とくしゅ)部隊か?」
「そんな分かりやすい恰好で狙ってくるなんて・・・。」
 リマールが言った。 

 レイサーはアベルに目を向けた。
「あんたを始末(しまつ)することを、事務的に任務と考える堂々とした奴らなんだろう。ただ、一方で今後も同じように(そそのか)されるやつとか、おそらく密偵(みってい)もいる。部隊の方は、かわしやすい代わりに見つかれば多勢(たぜい)襲撃(しゅうげき)される。密偵なんかは、対抗(たいこう)できるが分かり(づら)い。どっちもどっちだ。」

 アベルもリマールもみるみる憂鬱(ゆううつ)そうな表情になり、ここにしばらく沈黙が続いた。

 重くなった空気の中で、レイサーだけが一人平然としている。

 彼は腰を上げると、「まだ日が暮れるまでにだいぶ時間もあるし、出発しようか。準備をするから、少し待っててくれ。」と言って、(すみ)にごちゃごちゃと片付けている物に手を伸ばした。

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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