5. 賑やかな食卓 ― 心の休息

文字数 2,357文字

 眠る部屋へと案内してもらった一行は、まず洗濯のために着衣(ちゃくい)(あず)けて着替えをした。(かん)が良く、さすがに気が()若奥様(わかおくさま)に、親友であると気づいてもらえたアベルとリマールは同じ部屋を、女の子のラキアと、雰囲気だけで周りを気疲れさせるレイサーは、一人部屋を使うことになった。

 アベルとリマールは、壁際(かべぎわ)のソファーにゆったりと腰掛けた。緊張が解かれると、つい甘えそうになる。また危険な旅に出るのが辛くなってしまう。二人は嫌なことは考えないよう話をし、待っている人がいること、そして果たさねばならないことを再確認し、弱い気持ちを(いまし)め合った。

 そこへノックの音が聞こえた。ドアを開けると、夕食の案内をしに迎えが来ていた。
 二人は、その召使いについて一階の食堂へ下りていった。

 レイサーは先に来ていたが、席にはついていなかった。可愛い(めい)っこのアリーナにまとわりつかれて、適当に相手をしている。ただやっぱり不愛想(ぶあいそう)で、なのにアリーナはそれを全く気にしていない。

 アベルが食卓へ目を向けると、白い布がかけられた大きなテーブルに、蝋燭(ろうそく)を三本立てられる燭台(しょくだい)が、適当な間隔(かんかく)をとって二つ置かれていた。それぞれ小さな炎が三つとも燃えている。天井からも大きなシャンデリアが吊り下がっているが、弱い灯りで神聖な雰囲気がする食堂だった。そして、クッション材が張られた快適そうな椅子が、ちょうど人数分向かい合わせにある。特別に用意してくれたのかもしれない。

 執事に(うなが)されて、彼らは次々とその椅子に腰を下ろした。

 そこへまた一人、十代(なか)ばほどのお嬢様が現れた。ラキアだ。

 そう思ったのは、彼女が紅色(べにいろ)の素敵なワンピースを着ていたから。手の込んだ優美な刺繍模様(ししゅうもよう)は、庶民の服ではまず目にすることがない。

 「アリーナのために、私の若い頃の服を置いておいてよかったわ。ほら、ぴったりよ。」 

 アヴェレーゼが、ラキアの両肩に手を置いて言った。そう、それはレイサーには見覚えのある服。可愛い顔と、髪の亜麻色(あまいろ)がよく似合っている。ラキアもちょっと嬉しそう。

 それから、二人も空いている椅子に座った。

 片側にアベルとリマール、そしてラキア。もう一方にアヴェレーゼ、娘のアリーナ、そしてレイサー。そうして全員が席に着くと、執事や召使いが、磨き上げられたグラスに芳醇(ほうじゅん)なワインを注いだ。

 いかにも上流階級の食卓という感じのそこに、前菜、サラダ、スープと続いたあとは、串に刺した高級肉の(かたまり)をあぶり焼きにした料理をメインに、次々と食べきれないほどの豪華な料理が運ばれてきた。

 アベルやリマールもそうだったが、ラキアは分かりやすく瞳をキラキラさせて、今まで食べたこともなく、見た目にも美しい料理の数々に少し興奮(こうふん)している様子。ただ、右や左前にたくさん並べられたフォークやスプーンには困惑(こんわく)しているようだった。

 アヴェレーゼの「好きに召し上がって。」という言葉で、彼らは自由に食事を楽しんだ。
 アリーナはしょっちゅう横を向いては、レイサーの食事の邪魔をしている。

 「レイサー、今日お泊りでしょー? 一緒に寝よー。」
 「(ことわ)る。」
 「えーなんでー、なんで断るなのー。」
 「お前もう7歳だろ。罪になる。」
 この(めい)っ子も苦手なんだよと、レイサーはしかめっ面になった。
 「何言ってんのかしら・・・。」
 と、アヴェレーゼの方は(あき)れ顔。
 「なぜだかレイサーのこと好きみたいなのよ。こんな愛想(あいそ)悪いの、どこがいいのかしら。一番(兄弟の中で)若いからかしら。きっと、そうね。」

 アベルもリマールも、ハキハキとテンポよくしゃべる彼女の声を気持ちよく聞いていた。
 アヴェレーゼさんはおしゃべり好きな人らしく、他愛(たあい)ないことまでたくさん話してくれる。お転婆(てんば)な姪っ子のおかげもあって、いつまでも(にぎ)やかな楽しい時間を過ごすことができた。旅の恐怖や困難を忘れていられる。

 「女は私だけなの。四男一女よ。」

 彼女の話題は尽きることがない。なのでみな、ほとんど聞き手に(てっ)した。

 「夫はルファイアスお兄様と同じ王の近衛兵(このえへい)なの。だから今は、王都にいていないわ。もうすぐお兄様は家督(かとく)()ぐから、空いたポストにはエドリックが()くんじゃないかしら。」

 「三男だ。今は騎兵隊の隊長をやってる。」
 レイサーはなんか嫌そうな顔をしてそれを言った。

 「仲良くないんですか。」
 リマールが何の遠慮もなしにきいた。

 「子供の頃からよく喧嘩してたものね。歳が近いからか。」と、アヴェレーゼもはっきりと答えた。

 レイサーはただただ渋面(じゅうめん)を浮かべている。

 時間はそんなふうにあっという間に過ぎたが、気づけば空いた料理の皿は下げられ、まだ残っている器の中身もずいぶん殺風景(さっぷうけい)になっていた。逆に、アベルやリマール、それにラキアのお(なか)は苦しいほどもういっぱいだ。

 アヴェレーゼは、「好きに部屋へ戻ってお休みなさい。」と、この三人に微笑(ほほえ)みながら言葉をかけ、立ち上がった。そしてアリーナの手をとり、離れ(ぎわ)にレイサーを見た。

 「レイサー、あとで二階広間のバルコニーにいらっしゃい。」

 レイサーは姉の顔を見はしたが、何の返事も返さなかった。

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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