2. イルマ山の少年たち

文字数 1,109文字

「アベル、次はあの右の枝先にある、真っ赤に()れた美味(おい)しそうなやつを狙って。」

 高木に生っている(にぎ)(こぶし)大の赤い果実の下で、リマールがひざ掛けを広げて構えている。

「よし。」

 アベルは弓を引き絞り、しっかりと狙いを定めた。

 アベルの特技は弓術(きゅうじゅつ)。弓で獲物を射止めるのが得意で、名手とも言える腕前。今日は特に調子が良く、アベルが放った矢((やじり)工夫(くふう)がされてある)は、その果実を小枝(こえだ)から見事に切り離した。これで六つ目。

「さすが!一発命中だ。」
 ひざ掛けに落ちて来た木の実をかかげて、リマールが声をはずませた。

 二人が今いるここは、(いにしえ)より神が降臨(こうりん)し魂が(つど)う場所と崇敬(すうけい)されている、いわれある神秘の山。

 イルマ山。

 魂というのは人の霊魂に限らず、虫や動物、さらには自然に潜む精霊まで、あらゆる気の力をさしている。

 その山頂を目指して登っていけば、やがて山腹(さんぷく)にある台地のような場所に出る。そこからは山麓(さんろく)に広がる樹海や三つの湖、それに遠くの街並みが見渡せる風光明媚(ふうこうめいび)な景色を眺めることができた。そびえ立つ圧倒的な高山ではないが、似たような尾根が連なる山岳(さんがく)地帯の中で、一つグイと(いただき)が優美に突き出しているという特徴を持ち、遠くから見れば気高い孤高(ここう)の山というイメージを人に与える。それに、イルマ山は周りの山に比べて遥かに自然に恵まれていた。

 その山で、アベルは1歳の頃から15歳の今になるまで、ヘルメスという名の老人と暮らしている。王都に生まれながら、1歳の時に難病の治療のため、この賢者ヘルメスの手に託された。長い療養生活を()て見事病を克服(こくふく)するも、(いま)だに・・・というより、実質ヘルメスの養子(ようし)も同然の、完全に山の少年としてここに身を置いている。

 一方、薬剤師を目指すリマールがこの山に来たのは、14歳の時。より高みを目指すため、それからはヘルメスの第一 弟子(でし)である父のもとではなく、(じか)にヘルメスのもとで薬に関する全てを学んできた。それも今年で3年目になる。

「そろそろお昼だ、帰ろう。」

 リマールは、収穫した果実を背負(しょ)()の底に並べた。そして、それをするのにいったん取り出した薬草の束を、アベルがその上から入れ直す。

 そうして朝の日課を予定通りに済ませた二人は、山腹の開けた場所にある住み()れた山小屋へと戻って行った。

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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