13年前

文字数 968文字

 御霊(みたま)(つど)うと言われるイルマ山の山腹(さんぷく)に、ありとあらゆる薬草を熟知(じゅくち)し、希少(きしょう)な薬を作ることができる賢者(けんじゃ)がいた。

 その彼が住む山小屋のベッドで、金色の髪の幼い子供が(おだ)やかにすやすやと眠っている。今は・・・。

 多くは死に(いた)る難病を(わずら)い、この賢者ヘルメスのもとでなければ助からないと言われた少年。それでも希望は(はかな)く、何歳まで生きられるか分からないと、事情を知る者はみな胸の内ではあきらめていた。

 実際ここしばらく体調が良くなく、せき込んだり、赤い顔をして眠りながらうめいたりすることもあった。 

 そのあいだ母エトランダ王妃はほとんど寝ずに付き添い、兄アレンディル王子は一心(いっしん)(いの)り続け、父ラトゥータス王は悲嘆(ひたん)に暮れた。

 そして、今朝になってようやく回復し、容体(ようだい)が落ち着いたのである。

 この1年間、山越えが困難な冬を(のぞ)いて、ここには度々こうして王族が(おとず)れた。


 しかし、それも今日で最後・・・。


 王ラトゥータスの近衛兵(このえへい)である二人の騎士(きし)は、じっと黙って気遣(きづか)わし気な表情のまま壁際(かべぎわ)にひかえている。

 一人は、その名をエオリアス。そしてもう一人は、ルファイアスといった。ルファイアスは、エオリアスよりもずいぶん若い。

 エトランダはためらいながら、だが涙声でささやくようにやっと言った。
「さあ、アレンディル。アベルディンに・・・お別れの挨拶(あいさつ)をして・・・。」と。

 王子アレンディルは小さくうなずき、2歳になった弟の(ひたい)に心をこめてキスをした。
「病気が早く治りますように。」

 体が弱いその弟は、これに気づく様子もなく無邪気(むじゃき)な寝顔を浮かべている。

「それではヘルメス様・・・この子を・・・アベルディンを・・・よろしくお願いします。」

 エトランダは我が子をぎゅっと抱きしめた。名残惜(なごりお)しくて何度も(ほお)ずりをし、そして、嗚咽(おえつ)を漏らしながら両手に顔をうずめた。


 13年前の秋の終わり。(きび)しい冬が(おとず)れる前のことだった。



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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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