10. 関守 マルクス

文字数 3,252文字

 関所に戻ってくると、まだ無駄な消火活動が懸命に行われていた。意外と長持ち。結局はラキアが白状(はくじょう)し、説明をし、精霊術によって(すみ)やかに消してみせた。誰も彼もが、その様子を狐につままれたような顔で見届けた。

 それから一行(いっこう)は、今度は大橋のそばの、留置所とは反対の川沿いにある立派な館へと案内された。

 その前に、イシルドは、ついてきた二人の部下を持ち場へと戻らせた。

 フェンスが張り巡らされた広い敷地(しきち)の奥にある、三階建ての茶色い建物。その中央の天辺(てっぺん)には、暗くてよく見ることはできないが、何か大きな(はた)がはためいていた。一行をそこへと連れてきたイシルドは、門を通り抜けて庭を歩きながら、今向かっているその建物について彼らに話をした。

 「ここは王国の中心的役割を(にな)っている。国中から、領主や名立たる騎士、ほかにも(えら)い方々がお越しになる。そういった方々による会議が開かれることもあるし、旅の途中で宿泊を求めて立ち寄られることもある。」
 「ルファイアス騎士や、ラルティス総司令官も?」
 リマールは、そう思うと同時に口にしていた。
 「もちろんだ。」

 ここはそれで無駄に大きいわけではなく、こんなに立派に造られたんだ。英雄、統治者、軍の上官・・・様々な力のある者たちを迎え入れるだけの風格ある建物を、リマールは(あらた)めてよくよく眺めた。

 「そういえば、最近、ルファイアス騎士がお見えになったばかりだ・・・ああ、なるほど、それで。」と、イシルドはアベルを見つめた。

 アベルにも分かった。自分に会うための旅の途中でだ。その帰りには、ここで関守(せきもり)のマルクスという人に会い、事情を打ち明け、(たの)み事をしただろう。

 館内に入ると、列柱(れっちゅう)の大ホールが目の前に広がった。絨毯(じゅうたん)が敷かれた幅の広い階段が、正面(しょうめん)奥に見える。一行は、その階段を上がっていった。(おど)り場の上の壁には、大きなタペストリーが掛けられていた。

 アベルは、その現実離れした()に気づいてから通り過ぎるまで、圧倒(あっとう)されて(くぎ)づけになった。その中では、空を飛ぶ一角獣(いっかくじゅう)勇敢(ゆうかん)な騎士が、荒波が打ち寄せる岩場で戦っている。それをさらに、もう一度振り返って見た。そしてそのまま、最上階まで上がった。

 やがて、重そうな茶色い扉の部屋の前に着いた。

 イシルドがノックをしたが、足音で気づいていたのか扉はすぐに開けられ、一行は中へ通された。

 部屋の真ん中あたりに、応接用の低いテーブルを(はさ)んで、ふかふかのソファーが二脚(にきゃく)、向かい合わせに置かれてあった。

 そして、大河(たいが)間近(まぢか)に見下ろせる大きな窓の前に、口角(こうかく)をキリッと上げた笑顔の男性が立っていた。両手を体の前で軽く重ね合わせ、真っ直ぐに姿勢を正して待ち構えている。()せた年配(ねんぱい)の男の人だったが、その黒い瞳からは、何か先を見通すことができる頭の良さをアベルは感じた。

 また彼の方では、ルファイアス騎士によく似た青年と、アレンディル陛下(へいか)と同じ髪と瞳の色をしている少年を確認すると、内心息を()んでいた。

 扉のそばにいる秘書を退室させたその男性は、自分と衛兵長、そして一行だけになると慌てたように動いて、アベルの前にいきなりひざまずいた。さらには、イシルドまで見計(みはか)らっていたかのように彼の隣にきて、同じ姿勢をとったのである。

 「とんだ御無礼を。」

 土下座(どげざ)しそうなほど深く頭を下げて、男性が(あやま)りだした。

 「あの・・・困ります。まだアレも見せてないし・・・普通にしてください。」
 アベルは二人を立ち上がらせた。アレとは、当然、彼らを勢いよくひざまずかせた理由を決定づけるもののこと。
 「あなたが・・・マルクスさん・・・ですよね?」
 「はい。そろそろお見えになるのではと、真夜中にも馬車を走らせ、こうして早急(さっきゅう)に戻って参りました。」

 ああ、やっと会えた。できれば、もう半日早く帰ってきて欲しかったけど・・・。アベルは、ちょっとだけ(うら)み言を胸の内で(こぼ)した。

 「あの、じゃあ今、証拠(しょうこ)を。」
 「そうですね、決まりのようなものですから、まずは確認しなくては。お願いします。」

 (えり)ぐりから胸に手を入れて、アベルは首にかけている金の(くさり)を引き上げた。
 その(ふところ)から現れたものを、マルクスは何度も見て、よく知っていた。
 刻み込まれた王家の紋章(もんしょう)と、レッドダイヤモンドが威厳(いげん)たっぷりにきらめく。

 マルクスは、そのペンダントトップを囲うように両手を近づけた。
 「まさしく。これで、いろいろと協力させていただくことができます。」
 そして彼は、触れそうになったその手をゆっくりと引いていき、代わりに右手をソファーヘ向けた。
 「さあ、どうぞこちらへ。」

 マルクスは、キャビネットの一番広い引き出しから、布に貼られた大きな地図を取り出してきて、テーブルの上に広げた。

 「これは、王国の東側、橋を越えた向こうにある軍事基地が記された地図です。つまり、強い味方がいる場所ということです。覚えておかれるとよろしいかと。」

 そう言われて、レイサーやアベル、そしてリマールは、身を乗り出して地図を(のぞ)き込んだ。とはいえ、実際どう役立てればいいのか正直(しょうじき)よく分からなかったが。

 「王都周辺の道は、どこでもよく検問が行われます。ガゼルの一件でほかへも手配書が回っているでしょうし、私の名でその全てに通用する通行証を書いておきましょう。自分で言うのもなんですが、検問所に限らず、私の名は様々な場所で役に立ちます。もう足止めされることも無くなるでしょう。」
 そして彼は、少し冗談混じりにこう付け加えた。
 「例えば、今回のように、必要ならば多少無茶(むちゃ)をしても許されるということです。」と。

 レイサーは、「誰のせいだと思ってるんだ。」と言ってやりたいところだったが、アベルもリマールも、この人に会わなければならない理由がよく分かった。彼はとにかく、とても力のある有名人だ。ルファイアス騎士のように、昔は何か大きな手柄(てがら)を立てた英雄なのかもしれない。一時は会わずに先を急いだ方がいいのかとも考えたが、結果的にこうして知り合うことができたのは幸運だった。

 「ここからイスタリア城までは、我々が馬車でお送りします。」

 関守マルクスは、こちらが何も言わなくても、どんどん話を進める。万全に準備し、すでに手配済みだと言わんばかりに。

 しかし正直、レイサーはいくらか迷った。だが、大橋を渡ったあとフェルドーランの森へ入るまでは緩やかな丘陵地帯(きゅうりょうちたい)が続き、牧場や畑ばかりで、隠れられそうな森林の道などたいしてないのを、レイサーは知っていた。目の前の地図からもそれが分かる。ならば、疲れる坂道を早く進める方がいいと思った。先ほど襲撃(しゅうげき)できる機会があったにもかかわらず、追いかけてきたのが暗殺兵団(あんさつへいだん)ではなく、衛兵(えいへい)たちだけであったことから、まだ自分たちの方が先を行っていると考えられたからだ。

 その後、一行は同じ建物内のベッドがある綺麗な部屋をそれぞれ与えられた。出発は早朝と決まったので少ししか休めなかったが、留置所(りゅうちじょ)で朝まで待つことに比べればずっといい。

 そうして、この日一日、いろいろありひどく疲れていた旅人たちは、気持ちの良いベッドで泥のように眠った。


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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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