6.  少女の病

文字数 2,120文字


 道はそのうち(ゆる)(くだ)りになった。やがて木が少なくなり、前方にポツポツと小さな灯りが見えて、平屋の住居と納屋(なや)が並んで建っている裏側にたどり着いた。

 ここがベルゴの住まいらしい。

 そこから(おもて)玄関へ回る。窓から何か美味(おい)しそうな匂いが(ただよ)ってきて、食欲をそそられた。

 軒先(のきさき)には、気配に気づいた奥さんが出て来て、待っていた。訳を聞いた彼女は二人にお礼を言い、代わって夫を支えた。

「それでは、僕たちはこれで。」

 リマールが言って、二人は(すみ)やかにその場を去ろうとした。

 すると、主人に呼び止められた。

「いやいや、このまま恩人(おんじん)をかえすわけにはいかない。助けてもらったお礼がしたい。もう日が暮れるし、良ければ今晩、泊まっていかないか。」
「お気遣(きづか)いなく。お礼をしてもらえるほどのことではないので。」と、リマール。
「いや、あんた達がいなかったら、俺はどうなっていたか分からない。だからそう言わずに。(あたた)かい食事でもてなそう。」

 温かい食事! 二人とも、急に音をたてて胃袋が鳴る思いがした。夜眠るのも、建物の中というだけで全然違う。

 結局、二人は簡単にお言葉に甘えることにした。

 (さそ)われるままに家の中へ入り、奥の食堂へ向かう廊下を、主人を支えている奥さんのあとについていった。その間に、ドアの無い部屋が二つあった。

 左の部屋の方から(つら)そうな(うな)り声がかすかに聞こえて、アベルもリマールも、入口のところで思わず足を止めた。女の子の声のようだった。薄暗い部屋に、キャンドルグラスの小さな火がぽつんと燃えている。

 その灯りで、ベッドの上に体を丸くして横になっている子供の姿が分かった。

「お子さん・・・病気。」
 気遣いながら、アベルがほとんどつぶやくように言った。

「ああ実は、もう5日も具合が良くなくて・・・恥ずかしい話だが、医者に()せる金がない。」
 同じく立ち止まり、振り返った主人が暗い声でそう答えた。

「僕は医者じゃないけど、ちょっと診させてもらってもいいですか。」
 リマールが申し出た。
 
 医者じゃないのに診たがるその意味が分からない様子で、夫婦は顔を見合う。

「あ、ああ。」と、それで主人は少し戸惑(とまど)気味(ぎみ)にうなずいた。
「ランタンがあれば持ってきてください。」

 リマールは部屋に入り、ベッドの枕元(まくらもと)に腰を落として、女の子の(ひたい)に手を当てた。

 それをしてきたのが知らないお兄ちゃんと気づいたその子は、一瞬、驚いた顔になったが、そばに父親もいるのを見て何も言わなかった。

「熱が高いな。ずっとですか?」
「いや、下がったかと思ったら、また上がる。その繰り返しだ。」

「なるほど。」とつぶやいたリマールは、「ちょっと、ごめんね。」と言うと、今度は少女の左右の耳の後ろから(あご)の下にかけて、なでるように軽く指を押し当てていく。
「頭痛い?」
 それをしながら、リマールは少女に優しく話しかけた。
「ううん。」
 少女はだるそうな(うつ)ろな目をして、のろのろと首を振った。
「気分は?気持ち悪い?」
「ちょっと。」
「そっか。(せき)は出る?」
「ない。」
「だと思った。じゃあ、お口を大きく開けてくれるかな。」

 リマールは、夫人が手元に用意してくれたランタンをかかげて口の奥を(のぞ)いた。

 (おだ)やかな表情と口調で、実に(なめ)らかに診察しているリマールを見たアベルは、彼は医者を目指せばきっと皆に(した)われるいい先生になれるだろう・・・と感心した。

 そのリマールは、少女の(のど)の上の方が赤く腫れているのを確認。

「ああやっぱり、そうだ。」 
 そして、主人に笑顔を向けた。
「大丈夫、これならちょうど()く薬を持っていますよ。さし上げます。」
「本当か⁉ でも、あんた医者じゃあないんだろう?」
「薬剤師です。医者ほど病気や怪我(けが)についての広い知識も技術もありませんが、限られたものになら。口の中に典型的な症状が出ています。この病気なら、治す方法を知っていますよ。」

 リマールはリュックから茶色い革袋(かわぶくろ)を引っ張り出した。中には、数種類の薬と(さじ)薬包紙(やくほうし)がセットになって入っている。王様に届けなければならない薬も、念のために分けてここにも入れてある。リマールは匙を手にとって、少女の体格と病状に合う特効薬(とっこうやく)をあっという間に用意した。

「今夜は僕が診るので休んでください。ずっと看病(かんびょう)してたんでしょう?」
「いや、そんなことをさせたらお礼にならない。」
「副作用が出ないかなど、経過も知りたいので。」

 リマールのきっぱりとした口調に、夫婦もそれ以上は何も言えなくなり、ただ申し訳なさそうな顔をして目を見合う。

 そして薬を飲ませたあとは、とりあえずは少女を一人にして、彼らは食堂へ移動した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み