5. それぞれの将来

文字数 2,286文字

 予想はしていたが、アベルは、すぐには帰れなかった。その後、2週間くらいかけて、領主(りょうしゅ)や、13、4年前の当時のことを知るいろんな(えら)い人が、各地からまだまだ面会に駆けつけた。護衛(ごえい)(つと)めたということになっているほかの三人のために、勲章(くんしょう)授与式(じゅよしき)()り行うという話もあがっていた。できれば王から直々(じきじき)にということだったので、体調が良くなるのを見計(みはか)らって、それは約1か月後に予定された。

 そのため、ラキアとレイサーも王宮にとどまることになり、その期間、彼らはみな、大庭園の(はし)に建っている別館で暮らすこととなった。王弟であるアベルも、日中は兄や母と過ごしながらも、寝る場所はそこに用意してもらった。血を分けた家族とは()れ合っていたかったが、友情を深めた仲間たちとも離れ(がた)かったからだ。

 そしてこの日、アベルは、(おとず)れると聞いていた者すべてとようやく面会し終えて、やっと自由になれた気でいた。

 アベルは、(つか)れたため息をつきながら窓際(まどぎわ)の椅子に座った。

 何となく左手の吐き出し窓に目を向けると、灯りがともり始めた大庭園の道を、お供を連れた騎士たちの一行(いっこう)が、正門へ向かっている姿が見えた。今日の最後に顔を合わせた人たちだろうか・・・と考えながら、アベルは密かに見送った。

 ここはリマールのために用意された部屋だ。床には絨毯(じゅうたん)()かれ、(あわ)い緑色を基調(きちょう)とした、勉強がはかどりそうな落ち着ける小部屋である。というのは、アベルが夕方ここへ来ると、リマールはたいてい机に向かって何か書き物をしている。昼間はアレンディル王の侍医(じい)と一緒にいるので、王の病状について得た情報などをまとめているのだろう。現に、今もそうだった。

 静かに待っていたアベルは、リマールが帳面(ちょうめん)を閉じたところで、その背中に向かって声をかけた。
「病態が良くなって、安定する半年はいて欲しいって言われた。君の助言だろ?」と。

 振り返ったリマールは、机から離れてベッドに腰掛けた。
「ヘルメス様に教えられたんだ。薬が合えば、効果が現れ始めるのは2週間後くらい。順調に回復に向かい、まずまず安心できるようになるまで半年かかるって。早く帰りたい?」

 彼は、ヘルメスが持たせた特効薬(とっこうやく)について、側近(そっきん)侍医(じい)に説明をし、その後アベルは、その側近や集まった領主たちがいる部屋へ呼ばれて、彼らからそう(たの)み込まれていた。 

「ううん。おじいさんは恋しいけど、ほんというと、もう少し兄上や王太后様・・・母上のことが知りたいから、ちょうどよかったよ。君は、もっとここで暮らすことになるね。」
「そうだね。王様の体が良くなって、じゅうぶん安心できるようになるまでは力になりたいから。いつまでかな・・・うーん・・・ちょっと分からない。」
「そっか・・・。」

 二人は(たが)いに(さみ)しそうな表情を見合ったが、口では言わなかった。

「あのさ、アベル。僕、王様の専門医から、この間に医者の勉強をしてみないかって(すす)められているんだ。」
 リマールが真剣な顔をして言った。

 この瞬間、アベルの目に、寝間着(ねまき)を着た女の子が浮かんだ。そして、その子の口の中を(のぞ)き込んでいるリマールの姿。それから、森の住人ベルゴと奥さんのこと。旅の最初の出来事がよみがえってきた。

「いいと思う! 君は医者にだってなれるよ。」
「分からないけど、僕も挑戦はしたいと思う。」

 目を見合ったまま、少し、無言が続いた。

 それから、アベルもまた真面目(まじめ)な顔で言いだした。
「実はさ、ここにいる間に、僕も習いたいことがあるんだ。」
「それは?」と、リマールが興味津々(きょうみしんしん)に問う。
「剣術。」

 リマールは不意(ふい)をつかれたように、目を丸くした。

「もしかして、レイサーに影響された?」
「えっと、まあ・・・そうかな。僕たちを守ってくれたレイサーみたいに、大切な人や自分のこと守れるように、強くなりたいって思ったんだ。それで、ついそう口にしたら、ルファイアス騎士とエドリック隊長が指導(しどう)してくれるって。」
「すごい! でも、戦士になるの?」
「そこまでは、まだ考えてない。でも、僕はおじいさんと暮らしてきたけど、君みたいに薬剤師でもないし、弓の腕には自信があるから、将来の選択肢(せんたくし)として・・・」
「ちょっと待って、アベル。君は・・・王弟だよ?」
「それは、ただの肩書きに過ぎないよ。僕が山へ帰れば、それはまた古くて意味のないものになる。例え、僕がいずれ山を下りて、町で暮らすことになってもね。」
「そうかな・・・。」

 リマールは、声もなくまじまじとアベルを見つめていた。将来の選択肢に戦士・・・過酷(かこく)な人生もありとしている親友を。もし、そうなったとして、心から賛成はできないだろう。突然いなくなられたら悲し過ぎるから。

 そう思った瞬間、リマールは(あわ)てて先のことを考えるのを止めた。そして気持ちを切り替えて笑顔をみせ、両膝(りょうひざ)を押し上げて立ち上がった。

「ヘルメス様に手紙を書かないと。」

 アベルもうなずいた。
「たくさん言うことができた。すごく長い手紙になりそうだ。」


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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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