12. イスタリア城
文字数 3,279文字
イスタリア城へは、午後の遅い時間に到着 した。フェルドーランという広大なモミの森の中にあり、西から下道 を通って森に入ってから、その全体像がはっきりと分かるところまで、馬車だと3時間くらいだった。
円錐形 の屋根を載 せた塔 がいくつも集まった、歴史を感じるその城は、木々から抜きんでていて森に入る前から見えていた。だがその全貌 が明らかになると、初めて目にした者たちは畏怖 の念を起こさせられた。高く堅牢 な城壁 をまとい、力強く流れる大きな川を制 するように佇 んでいる。
一見、川の中に建っているように見えたが、お城の裏側は向こう岸の岩山に接して造られているらしい。城の大手門 までは石橋と跳 ね橋が架 けられている。
ちょうど正面 からきた一行の馬車は、森の道からその石橋へとまっすぐに入っていった。
左手遠くの岩山からは、幅が広く、落差 三百メートルはあろうかという大迫力 の滝が流れ落ちていて、右手にもそれと比べると小さな滝があった。そのため、滝と滝の間の、川の上に架けられた長い石橋を渡るこの時は、ひんやりとして霧 の中にいるような感覚だった。川の流れは、小さな滝を過ぎたところで東へ折れ曲がっている。
アベルとリマール、そしてラキアは、イスタリア城と周りの景色に魅了 というより、取り憑 かれていた。こんなに荘厳 な城が、ほかにあるだろうかとアベルは思った。ルファイアス騎士は、ここの城主をよく知っていると言っていた。こんなに立派なお城を与えられた人物って、どんな人だろう。
「レイサーの実家のお城も、こんな感じなんですか。」と、アベルはきいてみた。
「いや、全然違う。イスタリア城は、俺が知る中で最も風格 ある城だ。」
「王の居城 よりも?」
「ああ。だが王は今、城から少し離れた宮殿に住んでいる。」
そう話している間にも、馬車は長い石橋と、その先に下ろされていた跳ね橋を渡りきり、まず、大きな塔の下にある無人の大手門をくぐり抜けた。中にも更に城壁が張り巡らされている。それは、侵入 してきた敵を射撃 できる狭間胸壁 と、半円の塔を配した壁。その向こうにそびえ立つ城館 はとても大きく、厳 しい目で睨 みつけてくるようだった。まだ馬車に乗っているので体は勝手に進んでくれるが、アベルは圧倒 されて足がすくむ思いがした。
二つ目の門には扉 が付いていたので、イシルドが馬車から降りて鉄のノッカーを鳴らした。
間もなく門番が一人出てきて、訪問客 をさっと眺めた。レイサーの知らない男だった。だが彼は感じ良く挨拶をしてくれ、イシルドと少し話をしたあと、すぐに中へ通してくれた。
やがてたどり着いた城館の玄関までは、幅の広い階段が続いていた。
一行は全員、馬車から降りた。
「では、よく休ませていた代わりの馬を用意してきます。ここで、少々お待ちください。」
イシルドと話した門番はそう言うと、馬車をどこかへ移動させた。
そしてもう一人いた門番が、彼らの来訪 を伝えるために、先に階段を上がっていった。
その通り長くはかからなかった。すぐに戻ってきた門番に案内されて、一行とイシルドは階段を上がり、門番が扉を開けてくれた玄関を通って、城館に足を踏み入れた。
城の中も外観 と同じく、きらびやかさは全くなかった。広々としたエントランスホールは吹き抜けで天井が高く、左右対象の階段が二階の回廊 につながっている。その回廊にはアーチの窓とランプが並び、灯りは壁面 のそれらランプだけで、シャンデリアのような大きな照明は無い。重々しく、しっとりと落ち着いた内装である。
アベルやリマール、それにラキアにとっては初体験の場所だ。アヴェレーゼの屋敷や関所の館もそれは立派だったが、何より規模が比べものにならない。しかし迎えてくれる者たちがもう目の前にいるので、ここでは三人とも、世界が違うと呆 けたり、きょろきょろすることはなかった。
そこに並んで待ってくれているのは、先に連絡を受けていた執事 と、レイサーと歳が違わないように見える若い男性だった。
「遠路 はるばる、ようこそお越しくださいました。」と、その若い男性は少しのあいだひざまずいた。
一方の執事は胸に手を当て、姿勢よく深々とお辞儀 をして迎えてくれた。
「レイサー様、ずいぶんと逞 しくなられて。」
「お久しぶりです。」
「城主様や奥方 様はお変りありませんか。」
「おかげさまで・・・たぶん。」
レイサーは、長いこと会ってないから知らん・・・と答えたかったが、バツが悪いのでごまかした。
「レイサー、私のことはお前から紹介してくれないか。」と、隣にいる若い男性が言った。
それを受けて、レイサーは彼に掌 を向ける。
「彼は、ここイスタリア城の城主エオリアス騎士の息子で、アルヴェンだ。彼も騎士号 を与えられた一人。つまり、この城の跡取 りだ。」
「それだけか? 私は友人だとそう紹介して欲しかったんだが。」
「ああ・・・俺の友だち。」
レイサーは取って付けたように言い足した。
アルヴェン騎士は緩 いくせ毛が似合う端整 な青年で、切れ長の鋭い瞳をしており、レイサーと気が合いそうな雰囲気はあるものの、愛想は彼の方が明らかにいい。
「かつては一緒に訓練を受けた仲なのに・・・。お前が騎士を目指さないのは残念だ。じゅうぶん通用する腕でありながら。」
「アルヴェン様・・・。」
執事はそっと呼びかけただけで、彼に無駄話 を止めさせた。ほかの客人を待たせては悪いと。
アルヴェンは肩をすくめ、「ああ、すまない。懐 かしさのあまり、つい。さあ、殿下と客人たちをご案内して。」
執事は、かしこまりました、というように軽く頭を下げた。
「申し訳ございませんが、ご主人様と奥様、そしてお嬢様は王都へ出掛けており、まだお戻りではありません。しかし話は伺っておりますし、ちょうど今日の夕方までには帰城 の予定ですから、間もなくお戻りになられるかと。挨拶は御夕食の時に。それまで城内でご自由にお過ごしください。入浴の準備をさせます。お疲れでしょう。」
「ありがとうございます。」
そう返事をしたのはレイサーだった。アベルもリマールも何だか気後 れして、声が出てこなかった。
「では、私はこれで。」と、ひかえていたイシルドがさらに下がった。
彼が言うところによると、大街道の方へ森を抜けて行けば、1時間くらいで出られるという。そこから大街道を通って帰れば、今日中にはじゅうぶん関所へ戻れるので、彼はすぐに立ちたいそうだ。さきほど門番が代わりの馬を用意してくると言ったのは、このためである。
一行はイシルドにお礼を言い、互いに別れの挨拶を交わした。
そのあと彼らは、執事の誘導 で柱廊 に囲まれた中庭を通り抜け、城の奥へと進んだ。
「お部屋は皆さんご一緒になさいますか。それとも別の方がよろしいですか。」
歩きながら執事が尋 ねた。
「ラキアは女の子だし、別にしてもらおうか。」と、アベルが気を使った。
「そうだね、ここは安全だろうから。」
リマールもそう応じたが、本人は一人じゃつまらないから一緒がいいと言った。
だが結局は、「別々で。」とレイサーが言いきって、相談もせずに決まった。
一見、川の中に建っているように見えたが、お城の裏側は向こう岸の岩山に接して造られているらしい。城の
ちょうど
左手遠くの岩山からは、幅が広く、
アベルとリマール、そしてラキアは、イスタリア城と周りの景色に
「レイサーの実家のお城も、こんな感じなんですか。」と、アベルはきいてみた。
「いや、全然違う。イスタリア城は、俺が知る中で最も
「王の
「ああ。だが王は今、城から少し離れた宮殿に住んでいる。」
そう話している間にも、馬車は長い石橋と、その先に下ろされていた跳ね橋を渡りきり、まず、大きな塔の下にある無人の大手門をくぐり抜けた。中にも更に城壁が張り巡らされている。それは、
二つ目の門には
間もなく門番が一人出てきて、
やがてたどり着いた城館の玄関までは、幅の広い階段が続いていた。
一行は全員、馬車から降りた。
「では、よく休ませていた代わりの馬を用意してきます。ここで、少々お待ちください。」
イシルドと話した門番はそう言うと、馬車をどこかへ移動させた。
そしてもう一人いた門番が、彼らの
その通り長くはかからなかった。すぐに戻ってきた門番に案内されて、一行とイシルドは階段を上がり、門番が扉を開けてくれた玄関を通って、城館に足を踏み入れた。
城の中も
アベルやリマール、それにラキアにとっては初体験の場所だ。アヴェレーゼの屋敷や関所の館もそれは立派だったが、何より規模が比べものにならない。しかし迎えてくれる者たちがもう目の前にいるので、ここでは三人とも、世界が違うと
そこに並んで待ってくれているのは、先に連絡を受けていた
「
一方の執事は胸に手を当て、姿勢よく深々とお
「レイサー様、ずいぶんと
「お久しぶりです。」
「城主様や
「おかげさまで・・・たぶん。」
レイサーは、長いこと会ってないから知らん・・・と答えたかったが、バツが悪いのでごまかした。
「レイサー、私のことはお前から紹介してくれないか。」と、隣にいる若い男性が言った。
それを受けて、レイサーは彼に
「彼は、ここイスタリア城の城主エオリアス騎士の息子で、アルヴェンだ。彼も
「それだけか? 私は友人だとそう紹介して欲しかったんだが。」
「ああ・・・俺の友だち。」
レイサーは取って付けたように言い足した。
アルヴェン騎士は
「かつては一緒に訓練を受けた仲なのに・・・。お前が騎士を目指さないのは残念だ。じゅうぶん通用する腕でありながら。」
「アルヴェン様・・・。」
執事はそっと呼びかけただけで、彼に
アルヴェンは肩をすくめ、「ああ、すまない。
執事は、かしこまりました、というように軽く頭を下げた。
「申し訳ございませんが、ご主人様と奥様、そしてお嬢様は王都へ出掛けており、まだお戻りではありません。しかし話は伺っておりますし、ちょうど今日の夕方までには
「ありがとうございます。」
そう返事をしたのはレイサーだった。アベルもリマールも何だか
「では、私はこれで。」と、ひかえていたイシルドがさらに下がった。
彼が言うところによると、大街道の方へ森を抜けて行けば、1時間くらいで出られるという。そこから大街道を通って帰れば、今日中にはじゅうぶん関所へ戻れるので、彼はすぐに立ちたいそうだ。さきほど門番が代わりの馬を用意してくると言ったのは、このためである。
一行はイシルドにお礼を言い、互いに別れの挨拶を交わした。
そのあと彼らは、執事の
「お部屋は皆さんご一緒になさいますか。それとも別の方がよろしいですか。」
歩きながら執事が
「ラキアは女の子だし、別にしてもらおうか。」と、アベルが気を使った。
「そうだね、ここは安全だろうから。」
リマールもそう応じたが、本人は一人じゃつまらないから一緒がいいと言った。
だが結局は、「別々で。」とレイサーが言いきって、相談もせずに決まった。