2. とり憑かれたリマール

文字数 2,101文字

 レイサーは夜空を見上げた。黒い葉越しに見える月は、うっすらと霧がかってもやもやしている。連れはみな、すっかり眠り込んだようだった。気分が悪いと言っていたラキアも。

 レイサーは、ラキアの額にそっと手を当ててみた。特に熱いとは感じない。夕食はあまり食べれていなかったが、熱は出ないようだ。彼はそのまま、仲間たちの寝顔を眺めた。とはいえ、一寸(いっすん)先が分かる程度の暗がりでは、よく見ることはできないが。

 そうしてじっとしていると、姉アヴェレーゼに言われた言葉が思い出された。

〝何としても守ってあげたくなるでしょう。〟

 すると(がら)にもなく、気づけばしみじみと考えていた。
 今まで孤独(こどく)でやってきた。護衛(ごえい)(つと)めたことだってある。だが、誰かを守るために戦う・・・思えば、こんな気持ちでは初めてだな。

 そして彼は、その時はきっと来ると思っていた。それも近いうちに。あと数日で王都までたどり着けるところまで来ている。関所で密偵(みってい)に狙われたことで、奴らの組織は、自分たちが今この森にいることを分かってるはずだ。森は果てしなく思えるほど広大でも、目的地に近づけば行動範囲は否応(いやおう)なく限られてくる。明日か・・・それとも明後日・・・おそらく先回りしている刺客(しかく)たちの包囲網(ほういもう)突破(とっぱ)せずには、先へは行けないだろう。

 次にレイサーは、木につないでいる従者(じゅうしゃ)のことを気にした。そして立ち上がり、オリファトロスの近くへ行って様子をみた。いったい何に・・・と考えながら、レイサーは馬首をなでてなだめる。ずっとどこか落ち着きがないのは、どうも(おび)えている感じなのである。いつもは気が強く、堂々とした奴なのに。だが、馬という動物は非常に耳がいいため、もともと臆病(おくびょう)だという。

 レイサーは、じっと耳をすましてみた。夜行性の(けもの)の鳴き声も、それらがたてる物音の何も、自分には分からない。不気味(ぶきみ)なほど静かな夜。

 一方、アイオロスとアズバロンには、これといった異変はみられなかった。オリファトロスの聴覚(ちょうかく)がずば抜けて優れているのか。それとも、音以外の何かを感じているのか。嫌な予感か・・・なら、(さと)るのは無理だ。

 レイサーは、眠っている者たちのそばへ戻った。

 その時、リマールが身じろいだ。寝返りをうつだけかと思ったが、むくりと背中を起こして、少し呆然(ぼうぜん)としているようだった。辺りは真っ暗でも、目が慣れているレイサーには分かった。

「どうかしたか。」

 声をかけたが返事はない。寝ぼけているのか? と思い、それ以上は黙って様子を(うかが)った。

 そして、ぎょっとなった。

 リマールが、自分で自分の首を()めだしたのだ・・・!

「お前、何やって・・・!」

 リマールに飛びついたレイサーは、(あわ)てて腕をつかんで止めさせた。ところがリマールはまだ目覚めず、夢にうなされるように抵抗(ていこう)してくる。そして、自分自身を苦しめようとする。リマールはなかなかに腕力がある。それを上回る力がレイサーにはあるので阻止(そし)するのは(むずか)しくないが、この状況でいつまでも気づかないなど、これはおかしい・・・!

「え、なに・・・ケンカ?」

 アベルの声がした。
 ラキアも起きている。

 思わず上げたレイサーの声で、二人とも目が覚めたようだ。そして姿がよく見えない中では、もみ合っているように見えるらしい。

「そんなわけないだろ、リマールが・・・!」

 すると、ラキアが震える声で言った。
「人じゃない・・・これ・・・なに?」

 レイサーは、そんなラキアの視線を追った。リマールの方を向いてはいるが、どうやらリマールを見ていない。そうか、ラキアは霊能力者。何かに取り()かれているということか。だが、人じゃない? じゃあ、いったい何に。そして、レイサーは思った。ラキア、今こそ、お前が役立(やくだ)つ時なんじゃないか?

 ところが、ラキアはひどく困惑(こんわく)していた。

 実はラキアは、悪霊(あくりょう)怨霊(おんりょう)や、怨念(おんねん)といった種類のものを追い払ったり、浄化(じょうか)したこともなければ、見たことすらないからだ。住んでいるのどかな村以外の場所へ、あまり行ったことがなかったから。そして霊能力者がそのような(たぐい)のものの気配を感じると、体が反応して異変を起こす。ラキアの祖父や父親は経験を積み慣れているので、体がじゅうぶん()えられるまでに免疫(めんえき)がついているが、初めて体験したラキアではもろに影響を受けてしまう。

 それでも解決方法を、自分ができることを使って、今、この場で見出(みいだ)さなければならない。体の不調と怖いのを我慢(がまん)して、ラキアは一生懸命に考えた。

 あれでもない、これでもない・・・そうだ、光! 光の精霊がきくかも!

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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