8. 謎の騎兵たち

文字数 2,968文字

 あれから三人は、馬が通れないような(けわ)しい道を逃げてきた。敵もみな馬を置いたまま追いかけてきたが、上手く振りきることができた。

 さっき見た男たちの全てが、灰色と黒の軍服や防具を身に着けていた。全員がベルニア国の兵士だ。
 確かに彼は強かった。とても強かった・・・期待以上に。だけど、あんなに戦い()れた敵に囲まれて・・・無事でいられるとは思えない。きっと死ぬつもりで逃がしてくれた。レイサー・・・ほんとは(やさ)しくて、最高の用心棒(ようじんぼう)だった。

「でも、例の場所ってどこだろう。」

 勝手(かって)絶望(ぜつぼう)しているアベルを、リマールの声が現実に引き戻し、希望を示してくれた。
 アベルはうつむいていた顔を上げて、声もなく親友を見つめた。
 リマールは全くあきらめていない。

「なに?」
「な、何でもない。」

 アベルは一人不吉(ふきつ)なことを考えていたのが()ずかしかった。

「もしかして・・・レイサーがやられると思ってた?」
「・・・だって。」
「あそこにいた敵の全員が、レイサー一人に襲いかかったわけじゃないよ。何人かは僕たちを追いかけてきた。ほかにもいるはずだ。レイサーは、それを(はば)もうと頑張(がんば)ってくれていたけど。」

 そうだよ・・・と、アベルはハッとした。死ぬつもりなら、落ち合おうなんて言うはずない。彼はやれると言いきって、自信に満ちていた。

「だから僕たちは、追いかけてくる敵に見つからないように、レイサーとの待ち合わせ場所まで行かなくちゃいけない。アベル、どこか心当たりある?」

 アベルは(だま)って考えた。すると、そう(なや)まないうちに思い当たった。

「・・・もしかして。」

 この時、目に浮かんでいたのは、月明かりに照らされたレイサーの神秘的な横顔。

「きっと、あそこだ。月・・・。」

 そう、共通して印象的(いんしょうてき)な場所といえば、昨夜 一緒に下弦(かげん)の月を(なが)めた川辺の岩場。今日は雨宿りをしたせいであまり先へは進めなかったので、それほど時間をかけずに戻れる。あそこには周りに(やぶ)やナノハナが生い茂っていた。身を(ひそ)めて待つことができる。

 アベルは、リマールとラキアに真夜中の出来事を話した。それを聞いた二人も、そこに違いないと強く確信できたので、今朝いたその場所まで戻ることになった。

 しかしそこで、三人ともがほぼ同時に気づいた。

 でも、ここはどこだ?

 とにかく逃げ切ることにとらわれていたので、方向など考えていなかった。周囲を見渡してみれば、どこも木々と(しげ)みが連続する風景。だがヒントはある。吊り橋を渡り、広い跡地を通り抜けた。
 
 まだ太陽が沈むまでには時間がある。敵に見つかる危険を考え、よく注意しながらリマールが素早(すばや)く高木に登って、それらの目印を探した。枝を掻き分けると、跡地はすぐに見つかった。道のある所も分かった。その道を目でたどると吊り橋に続いていて、谷底に下りられそうな細い分かれ道が伸びている。ナノハナ畑は川沿いにあった。その川と谷を流れる川がすぐにつながるだろうということで、吊り橋を渡らず、谷を下りた川沿いに戻る選択をした。川幅(かわはば)(せま)いので、下からなら、向こう岸へは川の中を横切るか、岩を伝って行けるはずだ。

 その道を選んだのには、もう一つ考えがあった。下見だ。追いかけられて分かった。北か南へ大きく遠回りしてでも、いったん、この森から出た方がいい。今は、もはや大街道(だいかいどう)より危険かもしれない。だが、森の中はどこも敵だらけだ。ならば、谷間の道はどうだろうと。

 フェルドーランの森を東側と西側に大きく二分(にぶん)している谷は、場所によって幅が極端(きょくたん)に狭くなったり広がったりしているが、全体的にはずいぶん細い峡谷(きょうこく)といえる。

 その(がけ)の道を誰にも見つからずに下りることができた三人は、今度は道の無い川沿(かわぞ)いを歩き始めた。

 川辺の木々が長い枝を広げているおかげで、その道は身を隠すのに適していた。ただ陰鬱(いんうつ)で、水はけの悪いぬかるみや、たっぷりと水滴(すいてき)をつけたシダに覆われている、じめじめした所。一度など、どうにも進めない(やぶ)(はば)まれ、(あし)の茂みが邪魔をする冷たい川に入るのを余儀(よぎ)なくされた。そんな、げんなりしたり、ついイラッとしてしまうような場所だ。

 その時、アベルはラキアが()れないように抱いてあげたい気持ちになったが、()い茂る葦のせいでかえって危険と判断し、気持ちをおさえて口にはしなかった。そのラキアは、意外にも文句一つ漏らさずに、どこでも黙ってついてきた。カチカチのパンには、あんなに不平(ふへい)たらたらだったのに。

 しばらく行くと、川が左方向へ分かれた。森の中には小川がたくさん流れている。だがアベルもリマールも、これに沿って行けば目的地に着けると確信していたので、まずはちょうどよい岩場を渡って対岸へ移動した。

 そして、ほら! イライラを我慢(がまん)した甲斐(かい)あって、やがて見えてきたのは一夜を過ごしたナノハナ畑。よかった! 道は不快(ふかい)なものだったが、思った通りそう時間をかけずに戻ってくることができた。

 さて、谷間の道はだいたい把握(はあく)できた。正直(しょうじき)、もう通りたくないし、ちょっと困難(こんなん)はある。そこを夜に行くとなると尚更(なおさら)だ。でも、あんなにいた敵の気配は、ここまで全くなかった。無理をしてこそ、窮地(きゅうち)を切り抜けられるというもの。

 さあ、あとはナノハナ畑でレイサーを待って・・・!

 三人は、茂みの中にサッとしゃがみ込んだ。

 近くではなかったが、向こう岸の道がある方を、馬に乗った人影が走り過ぎて行った。一人ではなかった。おそらく、三、四人。みな騎乗(きじょう)していた。

「今のは・・・?」
 不可解(ふかかい)そうにアベルが言った。

「まだこっち側にも敵が・・・。」
 リマールはそれを、ほとんど目に()めることができなかった。

「でも、見えたのは灰色と黒じゃなかった気がする。」
 アベルが不可解だと思ったのは、だからだ。さらに直感では、嫌な感じがしなかった。

 すると、ラキアも言った。
「追いかけてた・・・ように見えた。」

「何を?」と、アベル。
 追われているのは自分たちなのに?

「どっちにしろ、安心はできないよ。」
 リマールが用心深い声を出した。

「ナノハナ畑に来るかな。」
 アベルが言った。

「じゅうぶんに考えられる。」
「このあいだにもレイサーが戻ってきたら・・・?」
「とにかく、一度、ここから離れよう。もし落ち合い場所の近くで姿を見られたら(かん)づかれる。」

 リマールの言葉で三人はもう一度川沿いを戻り、夜、この道を使うことを思って、川からも離れた。再び森の雑木林を慎重(しんちょう)に進み、ひとまず適当な茂みに隠れた。

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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