2. 国境警備隊総司令官 ラルティス 

文字数 2,844文字

 むせ返るような息苦しさに、(はげ)しく()き込みながらアベルは目を覚ました。
 寒い、全身がびしょ濡れだ。そうだ、確か僕は・・・。

「よかった、意識が戻った。」

 声がして首を向けると、すぐそばに、腰を落として(かが)み込むように見つめてくる男性がいた。周りにも数人の男の人がいる。

 その時、ペンダントが(ふところ)から飛び出して(あらわ)になっていることに気づいた。
 アベルはビクッと体を動かし、とっさにペンダントを握った。

「大丈夫・・・。」
 と、その人は(てのひら)を向けて言った。

 一瞬、(てき)(つか)まったかと思い戦慄(せんりつ)が走ったが、目の前にいるその男性は優しい顔をして、よく見ると、()いているズボンの色は(こん)色だ(肩からタオルを掛けている上半身は裸だった)。

殿下(でんか)。」
「僕のこと・・・。」
「ええ、存じております。我々は国境警備隊。そして私は、ルファイアス騎士の弟です。」

 その名を聞いたとたん、アベルはいっきに安心感に包まれた。と、同時にレイサーに(あき)れた。知り合いって、お兄さんじゃないか。

 深呼吸(しんこきゅう)をして落ち着いてみると、川の水音がしているのが分かった。岸辺(きしべ)に横になっていると理解したアベルは、すぐそばにいるその男性に背中を起こしてもらい、水浸(みずびた)しの上着を全て脱いだ。そこへまた別の一人が、軍服の上着を羽織(はお)らせてくれた。

「あの、助けてくれて、ありがとうございます。えっと、あなたは何番・・・」
 ・・・目のお兄さんですかと、思わずどうでもいい質問をしそうになって、アベルは口を閉じた。

 だが目の前の男性は、ふっと笑って答えてくれた。
「次男です。」

 彼は茶色の長髪を後ろで一つにまとめていて、少し目尻(めじり)が下がっている綺麗(きれい)な青い瞳をしていた。とにかく、ルファイアス騎士やレイサーとは対照的(たいしょう)容貌(ようぼう)だった。

「ここを通るかもしれないと、兄から話は聞いていましたが・・・なぜ川に。」
「落とされました・・・。」

 彼は驚いた様子だったが、次には()に落ちるという顔をして言った。
「この森は危険です。恐らく見張られていたのでしょう。それも複数人で。顔を見ましたか。」
「いえ・・・突然のことで・・・でも、赤い服を着ていました。」

 そう口にした瞬間、アベルは不意に思い出してハッとした。そういえば、水飲み場で話しかけてきた地元の男性のうち一人が、赤い服を着ていたと。もしかして・・・という考えがよぎった。

 それを聞いた目の前の彼は、後ろにひかえている兵士と目で会話をし、一つうなずいた。
 その人物は犯行が上手くいったかどうかを知りたがるだろう。まだ近くにいるかもしれない、(さが)せ。
 そして、周りにいる数人のうち四人がその場を離れた。 

「ところでレイサーは・・・。護衛(ごえい)を頼んだと聞いたのですが。」
「はい、引き受けてくれました。でも、僕が勝手にそばを離れたんです。今頃、捜していると思います。」
「では、戻らねばなりませんね。どこにいたか分かりますか。」

 アベルは上の方をあちこち見回した。自分が転落した場所を探してみたのだが、断崖(だんがい)は川に沿って波打(なみう)つように切り立ち、様相が似ている。

「あの・・・僕が落ちるところを見ましたか。」
「はい。ほんの一瞬でしたが、偶然(ぐうぜん)。」
「その崖の上から、木立の方へ真っ直ぐに坂を下りた辺りです。」
「わかりました。この近くに我々の基地があります。まずは着替えをしに行きましょう。」

 二人は立ち上がり、アベルは彼の言葉に素直(すなお)(したが)って、そこへ案内してもらった。そして歩き始めると、彼は忘れていたというように名乗った。

 その名はラルティス。南の国境警備隊の総司令官(そうしれいかん)だという。

 ルファイアス騎士が長男(と聞いていた)で、彼が次男。まだレイサーとの歳の差がかなりあるように見えるので、あと二人くらいいるのかなと、アベルは何となく考えた。

 そうして、数名の兵士と、彼らがもつ馬とともにしばらく歩いていくうちに、木々の間から赤々と燃えているものが見えてきた。

 空は(あい)色に変わり始め、木が切り開かれた場所にある国境警備隊の野営地(やえいち)は、いくつものかがり火に囲まれていた。片隅(かたすみ)に井戸があり、そばには鍋を火にかける設備や木製テーブルもある。そして、木につながれている(たくま)しい馬が何頭もいる。それらは(くら)を外して体を()いくれたり、馬櫛(うまぐし)をかけてくれたり、(えさ)を与えてくれたりする主人や担当の兵士から、満足そうにそれらの世話を受けていた。

 到着するとすぐ、まだ十代の若い新米(しんまい)兵士が呼ばれた。
 アベルと目の高さがほぼ同じで、標準体型。兵士という勇ましい仕事に()きながら、人懐(ひとなつ)っこい感じがするそばかす顔の青年だった。名前はアスティン。

 ラルティスは、アスティンの肩に手を置いて言った。
「見ての通り、彼も私も水浸(みずびた)しだ。彼に君の服を着せてあげて。」

 アスティンは、いったいどうされましたという目をしていたが、何もきかずにうなずいた。
「もちろんです。どうぞ、こちらへ。」

 そしてアベルは、彼が休む天幕(てんまく)へ連れて行ってもらった。
 ここに何年も拠点(きょてん)(かま)えているだけあって、それは三角屋根ではなく頑丈(がんじょう)に組まれた小屋型の休憩場所。真っ直ぐに立って少し歩き回れるほどの広さがあった。

 やがて着替えを済ませたアベルが、白いシャツと軍服のズボン姿で天幕から出ると、そこには仲間たちの姿が。レイサー、リマール、そしてラキア。皆いる。自分がしたさっきの説明から、もう先に使いを送ってくれ、連れて来てくれたらしいとアベルは思った。

「アベル!」と、リマールが(うれ)しそうに叫んだ。

 とても心配してくれていたのが、アベルの胸に伝わってきた。ラキアはというと、状況がよく分かっていないらしく、いつものきょとん顔。そして、レイサーは・・・。

 アベルは、勝手にそばを離れたことを(しか)られると思い、おずおずと(うかが)った。
だがレイサーは、無言のまま(まゆ)をひそめて難しい顔をしてはいるが、怒っているようには見えなかった。

 実際、レイサーの方は、気づかなかった自分に責任を感じて黙っていた。リマールやラキアはまだ大丈夫としても、アベルからは決して注意を()らしてはならないというのに。それに、そのことを自分はこれから(とが)められると予感していた。

 二番目の兄に。
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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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