6. 姉と弟

文字数 2,568文字

 ルファイアスがアヴェレーゼの(とつ)ぎ先へ寄るよう指示しなかったのは、レイサーがその姉のことを苦手としているのを知っているからだ。その名を出せば、護衛の依頼(いらい)を引き受けてはくれないかもしれないと、少し心配になったのである。

 だからレイサーは、今、その姉がいる場所へ二人で話をしに行くのが億劫(おっくう)だった。しかし、この状況を説明しなければならない。アヴェレーゼは、何の事情も知らないはずなのにあっさりと歓迎(かんげい)してくれ、とても親切に感じ良く仲間たちに接してくれたが、内心では突然のことに驚き混乱していたはず。自分(レイサー)が(たず)ねてきたこと、二人の兵士、見ず知らずの若い少年少女。何の前触(まえぶ)れもなく目の前に現れた全てが、信じられなかっただろう。

 レイサーは、言われた通りに二階の広間の前に来た。エントランスホールから階段を上がってすぐの部屋だ。

 彼はノックもせずに自分の手でドアを開け、中へ入った。

 気配に気づいて歩いてきていた執事(しつじ)が途中で立ち止り、大きく張り出しているバルコニーの方へうやうやしく手を向けた。

 そのバルコニーに置かれた椅子は、整形庭園の方を向いて並んでいる。

 いちばん右の椅子には、気配に気づいていながら、振り向きもしないアヴェレーゼの後ろ姿が見える。

 レイサーが話をしたがらないことを知っているので、その弟とじっくり会話をするのは、彼女にとっては少し思い切りがいる。そのせいだろうと、レイサーも分かりながら無言のまま近づいて、隣の椅子に腰を下ろした。話題はこの旅のこと以外にも及ぶだろうと、察しがついていた。

 執事が、サイドテーブルに用意してあったワインボトルの(せん)を抜き、グラスに赤い液体を注いだ。

 だが前もって指示されていたのか、それを二人が受け取ったあとは、一礼して(すみ)やかに退室した。

 広い空間とバルコニーの部屋に、二人だけになった。

 レイサーはワインを一口(のど)に通し、それから姉の方へ横目を向けて、その表情を(うかが)った。

 「あなたがお城を出て行ってから、もう三年になるわね。」

 アヴェレーゼがそう静かに声をかけ、二人は話し始めた。

 ()けたい方からいきなりきたので、レイサーは早速(さっそく)滅入(めい)った。

 しかしこの時の彼女は、先ほど夕食の席で見せたのとは、全く違う顔になっていた。心にたくさんの心配事があり、自分の周りの大切な人全てのことをいつも気にかけている。そういう思いやりに(あふ)れる人柄(ひとがら)(にじ)ませた顔をしていた。その大切な人の中には、もちろんレイサーもいる。

 「たまには帰ってあげなさい。」
 アヴェレーゼは優しい声で、極めて慎重にその言葉を口にした。

 なのにレイサーは、ふてくされたようにも聞こえる声で、「どの面さげて・・・。俺は勘当(かんどう)されたも同然の身だ。」と、即答(そくとう)

 「あなたが勝手に出て行ったんでしょう。」
 「ルファイアス兄貴が、俺のことを(ゆる)すよう父と話をしていると聞いたが。」
 「お母様も歳を取って、もう元気じゃあないのよ。お父様に気を使って口には出さないけれど、あれからもずっと心配して・・・。だから、顔を見せてあげて。」

 母親のことを言われると、レイサーは(つら)かった。母はずっと味方(みかた)であったし、城を出る時も行かないでと泣きつかれていた。

 昔、レイサーがもっと若い頃、彼は好奇心(こうきしん)が強く自由に生きたいと思い、領主の息子として不適切な発言をすることが多々あった。父は厳しい人で、忠義(ちゅうぎ)()くすことを嫌がっているととられ、時には(なぐ)られることもあった。それを母や兄たちが必死で止めに入ることも。

 レイサー自身は、殴られても仕方がないと思うところもあったのだが、心配性のその母は、夫とこの末息子(すえむすこ)との(みぞ)修復(しゅうふく)不可能なまでに深まり、そこに憎悪(ぞうお)が湧くのを恐れている。

 レイサーは、母が異常に自分と父のことで悩んでいるというのは知っていたが、可能な限り父の顔は見たくないのも本音だった。

 レイサーは、視線を姉の顔から下へ落とした。
 「今度・・・実家に帰ったら、元気でやってたと伝えてくれ。」

 アヴェレーゼは(あき)れ返り、これ以上ないほど大きなため息を返してやった。

 二人は黙った。

 アヴェレーゼは何か言いたいのを(こら)えるように、ワインをごくごくと飲み干した。

 「それじゃあ、話してくれるかしら。ラルティスお兄様の二人の部下に護衛されながら、あなたが若いお友達を三人も連れて、珍しく私を(たず)ねてくれた訳を。」

 レイサーは丁寧(ていねい)に話すタイプではないので、あまりにも淡々と手短(てみじか)に事情を説明したが、確かに要点(ようてん)は伝えた。それが逆に分かりやすく、ずいぶん簡単な説明の中の衝撃的な言葉(アベルが実は王弟であり、命を狙われているという部分)に、アヴェレーゼは言葉を失った。

 その話を受け入れ、落ち着くまでに1分ほどかかった。

 アヴェレーゼは夜空を見上げた。

 明るい月の周りに、青白いちぎれ雲が綺麗に見られる夜だった。

 「皆いい子ね。いくつなの? 」 
 「アベルは15、リマールは17、ラキアは13・・・だったか。」
 「皆それよりも下に思えるわね。純粋(じゅんすい)すぎて。何としても守ってあげたくなるでしょう。」
 「仕事でやってるだけだ。」
 「相変(あいか)わらず素直じゃないわね。」

 アヴェレーゼは、人の心を見透(みす)かしたような口の()き方をすることがある。
 そんな時、レイサーは、つい反抗(はんこう)的な態度をとってしまう。恐ろしいのは、それがたいてい言い当てられたと感じてドキッとなること。今の自分の返事もその通りで、いつの間にか本心では・・・もうそれだけでは無くなった気がしていた。

 レイサーは、「もういいだろ。」と素っ気なく返して、椅子から立ち上がった。
 
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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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