7. 怪しいやりとり
文字数 2,348文字
アベルとリマールは、真ん中で太い蝋燭 が燃えている食卓の席についた。ロールパンが一つずつ配られた。きっと自分たちのを一つずつ分けてくれたのだろうと二人は思った。申し訳ない・・・。その代りにというように、少し深底の大きなお皿に注いでくれた、根菜 がゴロゴロしているトマトスープはじゅうぶんな量があった。味も良く、二人は満足して料理をたいらげた。
食事が済むと、リマールはさっそく少女の部屋へ向かった。そこに奥さんが二人の寝る場所を作ってくれ、アベルと主人は、まだテーブルの椅子 に座ったまま話をしていた。
主人は知りたがり屋なのか、質問をたくさんしてくる。またマズい話に及(およ)びはしないだろうかとアベルはちょっと心配になったが、主人は、神秘の山と言われるイルマ山や、そこに住む有名な賢者 について興味津々 で、運よく山の暮らしを語るだけにとどまった。
石窯 から香 ばしい匂いが漂ってきた。それでアベルは、奥さんが調理台でパンを作っていたようであるのを思い出した。
やがて主人が、「納屋 ですることがある。」と言いだしたので、アベルも椅子から立ち上がって、眠る部屋に入った。
少女の部屋だ。中ではずっと、キャンドルグラスが一つだけで燃えている。
リマールは、ベッドの横にある丸椅子に腰掛けていた。
「どう?」と、アベルは小声で声をかけた。
「うん、経過はいいみたいだ。さっき、少しスープも飲めたよ。」
アベルが近づいて見てみると、少女の顔色は良くなり、苦しそうにうなされることもなく、すやすやと眠り続けている。
アベルはそれから用意してもらった寝床 の方へ行ったが、先に「おやすみ。」と言って休むのは気がひけたので、そこの窓際 の壁にもたれて様子をみていた。
しばらくそうしていると、木立 の方から次第に近づいて来る物音に気づいた。
この周辺には、他の家も何件か建っていた。もう夜も遅いのに、こんな時間に帰宅する人もいるのか・・・と、アベルが思っていると、不意に聞こえたのは馬のいななき。それでよく注意して聞いてみると、パカ、パカ・・・と、地面を打つ蹄 の音も混じっている。
気配が止まった。
この窓のある壁を隔 てた向かい側。ちょうど、今、もたれている壁の向こう。
アベルは胸騒 ぎに襲われた。
そして、自分はここしばらく、とても暢気 でいたんじゃないかとハッとした。と同時にそんな自分に呆 れ、後悔 が押し寄せた。
すると、また別の方から足音が。これは恐らく、納屋に何かをしに行っていた主人のもの。人が訪れたことに気づいて、対応に出て来たのだろう。しかし、彼の足音が速 やかに聞こえたことに、アベルは少し驚いた。足のケガは思ったよりも軽いらしい。
一方、リマールは無反応。まだ気づいていない・・・と、アベルは見てとった。気配もいななきもとてもかすかに響いてきたので、家からは少し距離があるところにいるようだ。
それらのことを、アベルは目視 せずに感じただけで判断している。窓から覗 いて確かめたいが、とても勇気が出ない。
なぜなら、もしかするとそれは・・・。
窓から頭を出さないようにして体勢を変えたアベルは、壁の方に頬 を向けて、動悸 を抑 えながらじっと聞き耳をたてた。
途切 れ途切れに、話し声がやっと聞こえる。
「金髪・・・そうだ・・・。」
まず聞き取ったのは、主人の声。それには異様に深刻味 があり、冷静で、初対面 の者に対する感じではなかった。
金髪・・・って、僕のこと! それに、そうだっていうのは・・・⁉
アベルは、主人と怪 しい気配との間での会話が、なぜこんな風になされているのかとひどいショックを受けた。
「リマール・・・!」
四つん這いでリマールの方へ身を乗り出したアベルは、鋭いささやき声で呼んだ。そして、気づいたリマールが顔を向けると、肩越しに親指で窓を指した。
リマールも腰を落として窓辺へ忍び寄って行き、息を殺して耳をそばだてた。
すると、さらに言葉をいくつか聞き取ることができた。
「ああ、確かに・・・それで・・・。」
「彼らは・・・大事な・・・。」
「引き止め・・・川沿い・・・。」
「いつだ・・・。」
どういうことなのかよく分からなかったが、一つ確かだと思ったのは、何のいいこともない! ということ。怪しく、危険をはらんだ会話。それはきっと、自分たちを探し出し、邪魔をしたがっている者たちの声。
二人がそうだと確信して恐怖にかられた時、静かに部屋のドアが開いて奥さんが現れた。
アベルもリマールも驚いて息を止め、固まった。
「逃げてください。」
「え・・・。」
ドアのところで、いきなりそう言ってきた彼女は、腰を屈 めて近づいてくると続けた。
「家に入るところを、誰かに見られていました。彼らは疑って・・・とにかく、ここから出た方が。早く、今のうちに裏から。」
奥さんはひどく慌 てていて、言葉足らずな分かり辛い説明をしてくる。さっき聞き取れた会話と、これをどう解釈 したらいいのか。 主人と怪しい男達の関係は? 一方の奥さんは逃がそうとしてくれている。
何が何だか分からないままにうなずいた二人だが、とにかく荷物を持って、音をたてずに裏口から逃げ出した。
食事が済むと、リマールはさっそく少女の部屋へ向かった。そこに奥さんが二人の寝る場所を作ってくれ、アベルと主人は、まだテーブルの
主人は知りたがり屋なのか、質問をたくさんしてくる。またマズい話に及(およ)びはしないだろうかとアベルはちょっと心配になったが、主人は、神秘の山と言われるイルマ山や、そこに住む有名な
やがて主人が、「
少女の部屋だ。中ではずっと、キャンドルグラスが一つだけで燃えている。
リマールは、ベッドの横にある丸椅子に腰掛けていた。
「どう?」と、アベルは小声で声をかけた。
「うん、経過はいいみたいだ。さっき、少しスープも飲めたよ。」
アベルが近づいて見てみると、少女の顔色は良くなり、苦しそうにうなされることもなく、すやすやと眠り続けている。
アベルはそれから用意してもらった
しばらくそうしていると、
この周辺には、他の家も何件か建っていた。もう夜も遅いのに、こんな時間に帰宅する人もいるのか・・・と、アベルが思っていると、不意に聞こえたのは馬のいななき。それでよく注意して聞いてみると、パカ、パカ・・・と、地面を打つ
気配が止まった。
この窓のある壁を
アベルは
そして、自分はここしばらく、とても
すると、また別の方から足音が。これは恐らく、納屋に何かをしに行っていた主人のもの。人が訪れたことに気づいて、対応に出て来たのだろう。しかし、彼の足音が
一方、リマールは無反応。まだ気づいていない・・・と、アベルは見てとった。気配もいななきもとてもかすかに響いてきたので、家からは少し距離があるところにいるようだ。
それらのことを、アベルは
なぜなら、もしかするとそれは・・・。
窓から頭を出さないようにして体勢を変えたアベルは、壁の方に
「金髪・・・そうだ・・・。」
まず聞き取ったのは、主人の声。それには異様に
金髪・・・って、僕のこと! それに、そうだっていうのは・・・⁉
アベルは、主人と
「リマール・・・!」
四つん這いでリマールの方へ身を乗り出したアベルは、鋭いささやき声で呼んだ。そして、気づいたリマールが顔を向けると、肩越しに親指で窓を指した。
リマールも腰を落として窓辺へ忍び寄って行き、息を殺して耳をそばだてた。
すると、さらに言葉をいくつか聞き取ることができた。
「ああ、確かに・・・それで・・・。」
「彼らは・・・大事な・・・。」
「引き止め・・・川沿い・・・。」
「いつだ・・・。」
どういうことなのかよく分からなかったが、一つ確かだと思ったのは、何のいいこともない! ということ。怪しく、危険をはらんだ会話。それはきっと、自分たちを探し出し、邪魔をしたがっている者たちの声。
二人がそうだと確信して恐怖にかられた時、静かに部屋のドアが開いて奥さんが現れた。
アベルもリマールも驚いて息を止め、固まった。
「逃げてください。」
「え・・・。」
ドアのところで、いきなりそう言ってきた彼女は、腰を
「家に入るところを、誰かに見られていました。彼らは疑って・・・とにかく、ここから出た方が。早く、今のうちに裏から。」
奥さんはひどく
何が何だか分からないままにうなずいた二人だが、とにかく荷物を持って、音をたてずに裏口から逃げ出した。