5.  人助け

文字数 2,447文字


 翌朝には天気は回復して、太陽に薄雲(うすぐも)がかかっていた。少し光が射している。

 外へ出たアベルは、リマールの誘導(ゆうどう)洞窟(どうくつ)の丘から細い道を下りて行き、やがて広い川沿いのより明るい場所に着いた。()の葉や(しげ)みの植物、それに白や紫の小さな花についた(しずく)がきらきらと輝いている。あちこちで小鳥がさえずっている。気持ちよく朝食が食べられそうな所。

 二人共、食べられる野生の植物について詳しく、たくさんの種類を知っていた。それで今朝は、その川辺(かわべ)に生えている植物の根っこを洗って食べた。その周囲には、黄色い実が生っている木が並んでいた。二人はそれも食べ、さらにいくつか()み取った。

 この森はいつ抜けられるだろう。そのあと町まではどれくらいかかるのか。東の方へ抜ける道は行ったことが無かったので、ちょっと見当がつかなかった。食料は大事にしないと。

 一時間もしないうちに、そこでできることを済ませた二人は、新たな気持ちで元気よく歩き出した。さあ、今日は行けるだけ行こう、東へ。王都アンダレアへ。早く薬を届けないといけない。

 あ、でもその前に、この森で人に会わないと。ルファイアス騎士の弟さん。何人兄弟かも歳も聞いてないけど、末っ子の人。屈強のさすらい戦士と言っていた。

 二人は立ち止まり、ルファイアス騎士から、手紙とは別に受け取ったメモを確認した。

 森の中には、本流から分かれる川がいくつか通っている。その一つで、滝があるそばに住んでいるらしい。メモには、その滝の名称の下に〝中途半端(ちゅうとはんぱ)なツリーハウス〟という(なぞ)めいた書き方がされていて、目に入れば遠くからでもすぐに分かると聞いていた。

 この広い川沿いの道は真っ直ぐ、目の届く限り続いている。迷わないで行けそうなので、とりあえずここを進もうということになった。そして、分かれ道に出会う度に、足を止めて立札(たてふだ)の文字を読んだ。

 何時間も、とにかく同じペースで歩き続けた。昼と午後に二回休憩を取ったが、道はまだ伸びていて、果てしなく続いているようにさえ思える。途中、食べられる木の実を見つけてはもぎ取って、リュックに入れた。

 日が暮れてきた。低くなった太陽が、薄い雲に(おお)われた空でぼんやりと燃えている。

 (おの)を持った木こりに何人か出会った。家路についているところだろう。中途半端なツリーハウスのことを(たず)ねてみると、なんとすぐに話が通じて、まだまだ先だと教えてくれた。

 この調子では、たどり着くのは明日になりそうだ。

 二人は、後ろに沈んでいく夕日を時々振り返りながら、いつ道を外れて、今夜の寝床(ねどこ)を探そうかと考えた。

「助けてくれ・・・!」

 声がした。茂みの方から、(あせ)って、苦しそうな声。

「アベル・・・。」
「うん・・・聞こえた。」

 二人は一緒に、声があがった方角へ目を向けた。

「誰かいないか・・・!」

「近い。」と、リマール。
「こっちだ。」

 二人は地面を()り、川沿いから雑木林の方へ道を折れ、(やぶ)を飛び越えて、川沿いの道と平行している小道に出た。

「動けない、誰か助けてくれ!」

 また同じ声がして首を向けると、男性が一人、仰向(あおむ)けで地面に(ひじ)を付いている状態のまま身動きがとれなくなっている。男性は、横から倒れてきたと思われる(みき)の太い木と、地面との間に下半身を(はさ)まれていた。

「いた。ほら、あそこ。」
 アベルがそちらを指差して言った。

 近づいて見てみると、実際には木の葉が茂っている方の太い枝が、男性の左足首を圧迫している。 
 (ちぢ)れ毛の髪と黒い肌の、木こりと(おぼ)しき中年の男性だった。

「大丈夫ですか。」
 リマールが声をかけた。
「ああ、若いの、助けてくれるのか。」
「もちろんです。」
「ありがたい。急に木が倒れてきて。」
「この前の嵐で幹がやられてたのかも。」
 アベルが言った。

「いつからこの状態に?」
 リマールが、折れた木と男性の両方の様子を(うかが)いながらきいた。

「ええっと・・・30分くらい前からだ。」

 リマールが圧迫されている部位をよく見てみると、まだ()れておらず、変色も見られず、感覚もあるとのことだった。

 男性のそばには斧が落ちていたが、斧で木を叩けば強い衝撃を与えてしまう。そこで今度は、邪魔な周りの小枝を折り、挟まれている足元の土を見てみる。掘って助けることができそうだった。

 近くの木によじ登ったリマールは、腰から短剣を抜いて固い枝を切り落とすと、先を斜めに削って少し(するど)くしたものを二本作った。一本はアベルが。そして、男性の挟まれている足周りを慎重(しんちょう)に掘り進めていく。

 幸い、思ったよりもすぐに抜けてくれた。

 背後から男性の両脇を抱えてその体を引きずり出すと、リマールはすぐに男性の痛めている足の具合(ぐあい)()た。

「体は大丈夫ですか。倒れてきた時に体も打ったのでは。」
「ああ、大丈夫だ。かすり傷で済んだ。」
()れてはいないみたいだけど、痛みますか。あとで腫れてくるかも。」
「ああ・・・ちょっと・・・立てないな・・・。」
「肩を貸しましょう。家まで送ります。」
「すまない。」
「荷物は僕が。」と、アベルも気を()かせて、リマールのリュックと男性の斧を抱えた。

 彼らは今いる小道から北へ向かう道に出て、ゆっくりと歩いた。そうしながら互いに名乗り合い、少し会話をした。男性の名はベルゴ。彼は、何をしにどこへ行くのかときいてきたので、二人は、「王都アンダレアへ。」とだけ正直(しょうじき)に答え、あとは、「知り合いに呼ばれて。」と適当(てきとう)にごまかした。

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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