6. その夜

文字数 1,439文字

 アベルもリマールも、この山の植物をよく知っている。リマールの方は知り()くしていると言ってもいい。その知識を生かして作られる、とても体にいいが質素な晩御飯を食べ終えると、ヘルメスを(のぞ)く三人は長ソファーに座って、団欒(だんらん)の時間をとった。

 ヘルメスは作業場にいて、さっそく例の薬の製薬にとりかかっている。早急かつ安全に間違いなく仕上げなければならない。

 アベルとリマールがルファイアスの武勇伝を聞きたがり、その内容から、彼が有名である訳を自然と理解した。自分でそうとは少しも言わないけれど、彼は英雄だ。そして、その流れのままに、ルファイアスはアベルにたくさんのことを教えた。

 昔は国内外の往来(おうらい)が激しく、近隣国(きんりんこく)の敵が攻めてくることもよくあった。その時は、仕方なく武力で対抗していた。しかし一方で、先代の王はそんな戦いを決していいようには思っておらず、何とか変えようとしていた。少しずつ、着実に。そして今は、国境警備隊をさらに強化して厳重(げんじゅう)に警戒しつつも、優秀(ゆうしゅう)な人材を置き、話し合いで解決する場を作ることに尽力(じんりょく)している。そうして、今の平和がある。それを北の統治者(とうちしゃ)はぬるいと批判(ひはん)し、未だに対立している・・・というような政治的な内容まで。

 王にはなりたくないと断ったアベルだったが、ルファイアスの方ではどうしても未練(みれん)が残った。嫌だと言っても、そうもいかない事態に(おちい)ったその時は、形だけでもやはりこの国の秩序(ちつじょ)を保つための切り札になって欲しかった。





 三角屋根のこの山小屋には、木梯子(きばしご)で登っていくロフトがある。そこがアベルとリマールの寝場所(ねばしょ)で、その下の、つい立で仕切られているだけの小部屋がヘルメスの寝室だ。ルファイアスは、自ら(わら)の長ソファーを選んだ。

 真夜中になっても、アベルは変に興奮して、なかなか寝つけなかった。とにかく、ルファイアス騎士の声が、頭の中でずっと渦巻(うずま)いていた。

 そこでアベルは、あちこち向いてしまう意識を集中させ、あえて一つ一つ考えてみることにした。心の整理をつけられれば眠れるんじゃないか。そう思って。

 まずは小さい頃のこと。おじいさんとは血のつながりが無いと分かった時、自分はどうして一人になったのかとひどく(なげ)いたことがあった。捨てられたのか、亡くなったのか、いろいろと推測(すいそく)もした。おじいさんはドンと構えていて、ごまかすことも(うそ)をつくこともしなかったが、ちゃんと教えてもくれなかった。ただ、とても愛してくれていたけど、どうしても一緒には暮らせなくなったのだとだけ教えてくれた。それからは、その言葉で自分を納得(なっとく)させて、なるべく考えないようにしていた。

 それが・・・こんなことって。

 王都のお城に行けば、兄だけでなく、母親にも会える。正直、少し怖い・・・と思った。王様と王太后(おうたいごう)様だ。信じられない。雲の上の存在だったのに、肉親だなんて。

 でも、ルファイアス騎士が言っていた。兄は誠実(せいじつ)賢明(けんめい)。母は穏やかで優しく、亡くなった父も、公正で偉大(いだい)な勇者だったと。

 僕は・・・?

 そうしてつらつらと考えていたら、アベルはやっと少し眠たくなってきた。

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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