1. 旅立ち ― 薬剤師 リマールと共に

文字数 1,183文字

 出発の朝を(むか)えた。実際、2週間と3日かかった。

 外へ出てみると、吹き過ぎていく風は(ゆる)く、空は(おだ)やかに晴れ渡っていた。今日は雪原(せつげん)を横切り、山を一つ越えて、明日の夕方までに(ふもと)の森へたどり着く予定を立てている。その計画通り、順調に進めそうだ。

 何としても届けなければならない例の薬は小瓶(こびん)に入れ、緩衝材(かんしょうざい)として厚く布で包み、さらに小さな巾着袋に入れて、リマールがズボンのベルト通しにくくりつけている。緑と黄色が混ざって(にご)ったような色の粉薬だ。実際に服用する時には、その副作用(ふくさよう)(おさ)える薬など別の数種類を一緒に飲むことになるので、薬剤師は、医師から診断結果を教えてもらったり、指示されてから、患者(かんじゃ)に合わせて調合しなければならない。ちなみに、ヘルメスは優れた医師でもあった。

 長い旅に出るのだから、二人はほかにもいろいろと準備している。アベルは使い()れた弓と矢筒(やづつ)背負(せお)い、水筒を肩から斜めに掛けて下げ、ほかに小道具類を担当した。リマールも水筒を同じように肩に掛け、短剣を腰に()び、二人分の薄いハーフケットと食料、それにわずかな着替え、そして簡単な治療道具をリュックに入れている。ルファイアスから手渡された路銀(ろぎん)は、分けてそれぞれが(ふところ)(かく)し持った。

「家族に会って気持ちに変化がみられた時は、素直(すなお)に自分の本心に(したが)いなさい。」
 別れ(ぎわ)に、ヘルメスがそんな言葉をアベルに送った。

 自分のことは気にするな・・・そう言われたような気がして、アベルは不意に気づいた。アベル自身はここへまた戻ってくるつもりでいるので、そうしんみりした気持ちになることはなかったのだが、考えてみればいつ戻れるのか。アベルがまだ知り()ない事情や都合(つごう)が、向こうへ行けばいろいろと出てくるかもしれない。その間に、本当の家族とずっと暮らしたくなるかもしれない。だが、これまでアベルにとっての家族は、ヘルメスただ一人だった。これからだって気持ちのうえでは家族のままだ。長い間、会えなくなる。もしかしたら、もうずっと・・・。

 急に涙がこみ上げてきて、アベルはおじいさんに抱きついた。

 ヘルメスもしっかりと抱きしめ返し、「わしはずっと、ここにいる。」とささやいて、赤子をあやすようにアベルの背中をとんとんと叩いた。例え離れて暮らすことになっても、会いたくなったら来ればいい。

 アベルはそっと離れた。

 リマールが、「行ってきます。」と言って軽く頭を下げる。

 さあ、出発。

 二人は、軒先(のきさき)で見送ってくれるヘルメスに手を振りながら、しっかりと歩きだした。 

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登場人物紹介

アベル(アベルディン)。15歳の主人公。難病の治療のため、1歳の時にイルマ山に住む賢者のもとに預けられたウィンダー王国の王子。神秘の山で育ったため、風の声が聞けるという特殊能力を持つ。弓の名手。

リマール。イルマ山に住む賢者(名医)のもとで勉強している見習いの薬剤師。そのおかげで、とある難病の薬を作ることができる数少ない薬剤師のうちの一人。薬草に詳しい17歳。

レイサー。王族とも親しいベレスフォード家の末っ子。4人の男兄弟の中で、一人だけ騎士の叙任を辞退した屈強のさすらい戦士。そのため、実家のカルヴァン城を出て、イルマ山の麓にある(中途半端な)ツリーハウスを住居としている。

ラキア。ローウェン村の見習い精霊使い。5歳児と変わらない言動ばかりする13歳の少女。

アレンディル。アベルの兄。希少な薬でしか治す可能性がないと言われる難病にかかり、余命一年と宣告された若き王。

ルファイアス。ベレスフォード家の長男。先代王ラトゥータスと、現国王アレンディルの近衛兵。英雄騎士。

ラルティス。ベレスフォード家の次男。南の国境警備隊の総司令官。

エドリック。ベレスフォード家の三男。正規軍の隊長。

アヴェレーゼ。ベレスフォード家の長女。王の近衛兵の一人と結婚した若奥様。

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