家出少女

文字数 3,078文字


 私は、始発の電車に乗っていた。私は眠い目をこすり、とある場所へ向かっていた。
 昨日の花火大会から一睡もできず、手紙とプレゼントを残して朝一で家を出た。
 家を出た理由は手紙に残したが、私の本心ではない。本当のところは、健さんに恋をしていて、これ以上一緒にいるのがつらかったからだ。健さんは私のことを保護対象としてしか見ていないようだった。昨日の花火の一件で改めてそれを痛感して、これ以上一緒にいることができなかった。
 花火の終わりに私は勇気を振り絞り、これからも一緒にいたいことを伝えた。それに対して、健さんから言われた言葉が今もフラッシュバックする。『俺も保護者として嬉しいよ』――この言葉とその時の健さんの表情が、私のこの恋が報われないことを強く証明していた。
 (これが失恋ってものなのかな。まるで心にぽっかり穴が開いた気分だな。失恋ってこんなにも辛いものなんだ……)
 私は初めて抱くこの感情に、どう対処していいかわからず、ただぼーっと電車の車窓から流れる景色を眺めていた。そうしていると、だいぶ都会の景色になり目的地に近づいてきたことを実感する。
(新宿ってどんな町なんだろ。まぁ私みたいな家出している人たちがたくさんいるみたいだから、家出した人向けのバイトとかたくさんあるはず。まずは、お金を確保する手段を探さなきゃ……)
 私は、この前健さんの部屋で見た、ニュースの特番のことを思い出し、新宿へ向かうことにした。犯罪行為に巻き込まれる不安もあったが、今の私にはもうそれもどうでもいい気分だった。

 *

 新宿駅を降りて、この前のテレビで見た記憶を頼りに、新宿駅周辺を歩き回る。すると、テレビで見た場所を見つけた。テレビで見た通り、多くの若者が路上にたむろっている。私はその様子を真近で見て、ちょっと怖さを覚えたが、勇気を振り絞り自分と同い年くらいの少女に話しかけた。
「私、家出してきたんですが、ここで生きていくにはどうすればいいんですか?」
 私の言葉を聞いた少女はだるそうにしていたが、私の目や容姿を見ると話し始めた。
「……そんなの自分で考えな。……でもあんた、昔の私に少し似ているから特別に教えてあげる。家出してきた人に仕事を紹介している何人かいるの。その人たちを頼るといいけど、危ない仕事を紹介する人もいる。もちろん、危ない仕事であれば割もいいけど。あんたは結構お金が必要な感じ?」
「いえ、最低限の生活ができれば大丈夫です」
「そうかい。だったら私が紹介してあげる。でも情報料として1万円ちょーだい」
 少女はそう言って金銭を要求してくる。私の所持金は、バイトの給料とお小遣いを合わせて3万円ちょっと。かなりの痛手だが、仕事にありつけるのであれば、先行投資としては必要なことだ。私は財布から1万円を取り出し少女に渡した。
「いい判断だね。じゃあついておいで。ちなみに、私の名前はもみじ。ここらへんでたむろしてることが多いから、またなんかあったら聞いてよ」
 もみじという少女はそう言うと、立ち上がり歩き始めた。私は置いていかれないようについていった。
 しばらく歩くと、もみじは雑居ビルに入っていった。ここが目的地のようだ。階段を登って3階に着くと、もみじは部屋のインターホンを押す。
「はい」
 男の声がインターホンから聞こえてきた。
「もみじだけど、仕事を紹介してほしいって子を連れてきたから入れてもいい」
「わかった。今開ける」
 がちゃと音が切れて、少し待っているとドアが開いた。30代くらいの男が出てきて、見た目からは清潔感があまり感じず、ひげも結構生えている。すらっとした体格で結構身長が高い。
「家出みたいだな。……いいよ入って」
 男がそういうと、もみじが部屋へ入っていった。私も続いて部屋へ入った。
 中に入ると、かなり部屋が散らかっており、足の踏み場に困った。男が部屋の奥に置いてあった椅子に座ると、
「そこのソファに座って」
 目の前のソファに座るよう促してきたので、私たちは言う通りソファに座った。
「名前は?」
 私の方を見て、男はそう言った。
「舞佳と申します」
 そう答えると、男は注意深く私のことを観察し始めた。
「家出してきた割には、身なりが整っているな。中途半端な気持ちで出てきたんなら家に帰った方がいいぞ。後悔するやつを何人も見てきたからな」
「……いえ、戻る気はありません。私にはもう頼る人がいないので」
 私は強くそう答えた。その様子を見た男は
「……ほう。修羅場をいくつか乗り越えてきた感じの目だな。いいだろう。仕事を紹介してやる。舞佳といったな。お前さんは何ができるんだ」
「私は家事全般なら何でもこなせます。あとは、力仕事とかもやっていける自信があります」
 私は、はきはきとそう答えた。
「へぇ。結構過酷な家庭で育ったと見えるな。その割には身なりが整っているのに違和感を感じるが。……よし。俺が経営しているバーの裏方をやってもらおう。俺の紹介できる仕事の中では結構割がいいと思うがやってみるか?」
「ぜひお願いします」
 私は迷わずそう答えた。仕事がもらえるだけでもありがたい。
「えぇ~。ずるくない?私最初の時はそんな仕事紹介してもらったことないけど~」
 もみじは不満そうにそう言った。それに対して男は
「この子はお前と違って頭の回転がかなり早い。だからそれに見合った紹介をするだけだ」
「なにそれ~。そんなの働いてみないと分からなくない?」
 もみじは納得いかない様子でそう聞く。
「いや、受け答えや表情で大体わかるぞ。民間の会社だって面接でそういうところを見て、判断しているんだからな」
 男は淡々とそう答えた。続けて
「いい人材を紹介してくれたお前には感謝しなきゃな。これ報酬だ。もう帰っていいぞ」
 男はもみじに1万円を渡した。もみじは不満そうな表情から一転、満足げな表情になり部屋を出ていった。
「じゃあ、お前の仕事場に案内するからついてきな。給料は日払いで8,000円だ。とりあえず今日の分は今渡しておく」
 男は財布からお金を取り出し私に渡してきた。
「ありがとうございます」
 私はお辞儀をしてお金を受け取った。
「言い忘れていたが俺は小松という。よろしくな」
 小松と名乗った男は、テキパキと出かける支度をしてそう名乗った。

 *

 雑居ビルから少し歩いたところのバーに小松さんは入っていったので、私も一緒に入っていった。
 まだ開店していないようで、だれも店の中にはいなかった。小松さんはバーの裏の方へ入っていくので私もそれについていく。バーの裏側はキッチンと休憩室が一緒になっている感じで、思ったよりも広々としていた。私が見回していると
「お前さんには、ここで料理を作ってもらいながら、状況に応じて俺の手伝いをしてもらう。基本的に接客は無いが、人手が足りてないときは入ってもらうかもな」
 小松さんが仕事について簡単に説明すると、私は早速キッチン周りを調べ始めて、何があるか確認し始めた。
「やっぱりお前さん、仕事できるな。頑張り次第では給料もあげてやるから、せいぜいその調子で頼むわ。あと、寝る場所はそこの休憩室を自由に使ってくれ。エアコンもあるしそれなりに快適だと思うぞ」
「いいんですか!ありがとうございます。寝る場所が無かったので本当に助かります」
 私は思いのよらない待遇に感謝した。小松さんは私の様子を見て、ふっと鼻で笑うと
「もみじとかには言うなよ。あいつまた突っかかってくるからな」
 そう一言こぼして、小松さんは具体的な仕事内容や一日の流れについて説明し始めた。
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