花火

文字数 3,498文字


 今日は花火大会当日。朝ゆっくりと起床した俺は、リビングへ向かうと舞佳がすでに起きており、朝ご飯の支度をしてくれていた。
「おはよ~」
「おはようございます」
 俺が挨拶をすると、舞佳はペコリと頭を下げて挨拶を返した。あの家から出てからは笑顔が多かった舞佳の表情は、ここ最近はあまり笑顔が見れなくなったように感じる。ごはんを食べている時も、会話をしようとするが続かないことが増えてきて、俺はそのことに少し悩んでいた。
 だが、今日は待ちに待った花火大会。これをきっかけに以前のように舞佳が笑顔になってくれればいいなと俺は思った。
 (よーし!今日の花火大会、なんとしても楽しんでもらうぞ!花火大会が始まるのは、夜の8時頃。夕飯は屋台をめぐりながら済ますことを考えると、家を出るのは5時頃がよさそうだな。……あとは、花火がよく見えるスポットの確保。花火が間近で見られるスポットは、多分混みあっていると思うから、少し離れた落ち着いた場所を探さなきゃな)
 俺は花火大会の詳細を調べながら、現地での動き方について考え始めた。

 *

 色々調べていくうちに、時刻はちょうど正午を示していた。舞佳は昼ご飯の支度をしてくれていた。
 俺はさっき調べていく中で、浴衣のレンタルが近くで出来ることを知ったので、舞佳に提案してみることにした。
 「舞佳、ちょっといいか?」
 そう話しかけると、少し驚いた様子で舞佳がこちらに振り返る。珍しく目があったが、すぐ目をそらされてしまう。そのリアクションに少し傷ついたが、気持ちを切り替えて浴衣の話をすることにした。
「あのさ。近くのお店で浴衣のレンタルをやっているみたいなんだ。興味があれば借りてみないか?花火大会は浴衣で参加している人が多いみたいだし、風情もあっていいと思うぞ」
 俺がそう提案すると、舞佳は少し考えてから
「浴衣ですか……興味は少しあります。ですが、私は花火を見ることができれば、それで十分ですよ。なので借りるかどうかは、健さんにお任せします」
「そうか……だったらレンタルしてみよう!こういうのは形から入ると、数倍楽しく感じるものだぞ」
「なるほど。分かりました。そういうことであれば試してみましょう」
 舞佳は遠慮がちだが、俺の提案に乗ってくれた。
「よし!じゃあ16時頃に家を出よう。浴衣をレンタルしたらそのまま花火大会に向かうぞ」
「分かりました!」
 具体的なプランが決まったところで、俺らは昼ご飯を食べた。その後は、それぞれの部屋で自分の時間を過ごした。
 出かける時間になると、浴衣をレンタルするため、俺らは家の近くのレンタルショップに向かった。
 そして、レンタルショップに着くと、俺らはそれぞれサイズを測るため試着室へと案内された。
 俺は先に試着を済ませて、レンタルする浴衣を決め終えたので、舞佳のことを待っていた。しばらく待つと、舞佳が浴衣を着た姿で俺の前に出てきた。
 舞佳が着ていた浴衣は、青と白を基調としてもので、全体的に落ち着いた印象だ。舞佳の少し大人びた感じと、初々しい顔立ちにマッチしており、つい見とれてしまった。一人の女性として意識してしまうほどに
「すごく似合っているな」
 俺は直視できず、少し目をそらしながらそう言った。舞佳もどこか照れくさそうに
「ありがとうございます」
 と感謝を述べた。俺はレンタル料の会計を済ませ、舞佳と一緒に会場へと向かった。
 最寄り駅から電車に乗り会場へ着くと、たくさんの屋台が並んでおり、人通りもかなり多い。ここ周辺では、かなり大きめな花火大会なので、屋台の数も相当あるみたいだ。舞佳の様子を見ると、規模の大きさに圧倒されているようだった。
「早速屋台回ってみようか!今までお祭りは来たことある?」
「はい。小学生の時に、地元のお祭りには何度か足を運んだことはあります。ですが、こんなに大きな祭りに参加したことは無かったです。すごい屋台多いですね」
「俺も思いのほか規模が大きくて驚いている」
 俺らは道を歩きながら、屋台を見ていた。すると、
「あっ!たこ焼きが……」
 舞佳はたこ焼きの屋台を見ると、つい言葉が出た感じで、発言してからすぐ口をふさいだ。
「たこ焼き俺も好きだぞ。いくつか買っていこう」
「……はい」
 舞佳は少し恥ずかしそうにそう答えた。そんな表情をする舞佳に俺はかわいいなと感じた。
 それから、俺らは色んな屋台を回り、一通り食べたいものを揃えたので、休憩エリアへと向かった。
 一緒にシェアしながら食べていると、舞佳はとても美味しそうに買ったものを頬張っていた。
 俺も久しぶりに屋台の味を堪能し、笑顔になる。舞佳も同じく笑顔になっていた。久しぶりに笑顔を見た気がする。
 食べた後は、金魚すくいやヨーヨー釣りなどお祭り特有のゲームを楽しみ、舞佳もだいぶテンションが高そうだ。時折、目をそらされることもあるが、笑顔がだいぶ増えてきており、俺は祭りの力に感謝した。
 遊び歩いていると、花火が始まる30分前のアナウンスが会場に流れ始めた。
「そろそろ移動しよっか。花火が静かに見えるスポットがあるから付いてきて」
 俺は舞佳を連れて、あらかじめ調べていた公園へと向かった。会場からは少し離れたところにある公園なので、移動に15分くらいかかる。雑談しながら公園に着くと、幸いにも人は少なかった。
 俺らはベンチに腰掛け花火を待つ。俺は屋台でさっき買ったベビィカステラをベンチの真ん中に置いて、
「さっき買っておいたんだ。一緒に食べよ」
「やったぁ」
 舞佳は嬉しそうにそうリアクションした。俺らはベビィカステラをつまんでいると、花火が打ちあがり始めた。
 距離が近いため、ドンという音とともに振動が伝わり、全身に響き渡る。俺は横目で舞佳を見ると、花火に圧倒されている様子で、目を大きく見開いている。
「めっちゃ伝わってくるね。振動」
「はい。びりびりって感じで伝わってきます。こんなの初めてです」
 舞佳は俺の方を見て満足気な表情でそう言った。それから、しばらく目が合う。お互い目を見合わせていると、また花火の音がドンと響いてきた。俺らはまた花火に視線を戻した。
 俺は花火を見ながらベビィカステラを食べようとして袋に手を入れる。すると、ベビィカステラの袋の中で舞佳の手と当たってしまった。
「おっと。ごめんね」
 と言って舞佳の方を見ると
「いえ……こちらこそごめんなさい」
 と言い、手をひっこめて、俺から顔をそむけた。少し気になったが、俺は気を取り直して花火にまた集中し始めた。
 しばらく花火を眺めていると、フィニッシュに近づいてきたようで、スターマインが始まった。
 ひっきりなしに打ちあがる花火はとても綺麗で派手だが、同時にもうじき花火が終わりに近づいていることを予感させるので、少し寂しさを感じる。
 舞佳は夢中になっているようで、花火から目が離せないようだ。
 最後にひときわ大きい花火が打ちあがり、花火が止んだ。どうやら花火大会はこれで終了のようだ。
 花火の余韻に浸りながらベビィカステラを食べようとすると、また舞佳の手と当たってしまった。
「あっ、ごめんごめん」
 俺は、手をどけようとしたが、舞佳は俺の手を掴んだ。
 びっくりして舞佳を見ると、珍しく俺の方をしっかり見ていた。そして
「健さん、これからも一緒にいてくれますか?」
 少しうるんだ目をして、真剣な表情でそう聞いてきた。いつもと違った表情に俺は胸が高鳴る。
(……なんだろうこの質問は?どういう意味だ……普通にとらえるのであれば、「またこれからも一緒に過ごしたいです」って意味だと思うが……だが、この表情にはそんな軽い感じでもないな。もしかして、異性として一緒にいたいってことか……いや、さすがにそれは無いか。俺とは歳が離れすぎている。俺を恋愛対象として見れるはずがない。……ここは無難に答えるのがよさそうだな)
 俺はそんなことを少し考え込んでから、舞佳の質問に答えた。
「もちろん。これからも一緒に楽しもうな。俺は保護者として、そう言ってもらえてうれしいよ」
 そう言うと、舞佳は目を少し下に落とした。少し沈黙が続いた後で、
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 舞佳はそう言って俺の手を離した。それから俺らは無言のまま残ったベビィカステラを食べて、公園を後にした。帰る途中、心なしか舞佳が元気なさそうにしてたので、声をかけたら「疲れちゃったみたいです」と乾いた笑顔でそう答えた。本当に疲れた様子だったので、俺はその言葉が本心から出たものだと思った。それ以降は特に話すこと無く、俺らは静かに帰っていった。
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