あの公園

文字数 2,476文字

 俺たちはスマホや他の生活用品を買い終わり家に帰ることにした。
 最寄りの駅から歩いて家に向かっていると
「あ、ちょっといいですか?」
 安西はそう言うと、少し進み公園へと入ってベンチに座った。
「おっ、懐かしいな。この場所やっぱり好きなのか」
 俺は前のことを思い出しながら安西に尋ねた。
「そうですね。あの頃の私にとってここが唯一心安らげる場所でした。久しぶりにこのベンチに座りましたけど、ここから何も考えずに眺める空はやっぱりいいですね」
 安西は遠く空を眺めながらそう言った。俺も隣に座り空を眺めてみる。
「普通に空だな」
 俺は素直に思ったことを述べる。
「私が好きなのはこの公園が静かで誰もいないので何も気にせず空をみれることなんです」
「なるほどな。この公園、普段から人気がないもんな」
 遊具が何も置かれていない。公園というよりは空き地に近い。ゆえに人気がないのだろう。
「そして今では思い出の場所でもあります。藤村さんと初めて会話したのもここでしたね」
「そうだな」
「アンケート渡された時はびっくりしたなぁ。変な人って思いました」
「……悪かったよ。他にいい方法が思い浮かばなかったんだ」
「でも今思えば藤村さんのそういう変なところに私は救われたのかなと思いました。普通の大人だったらあそこまでしないと思いますので」
 空を眺めていた安西だったが、そう言うと俺の方を向き微笑んだ。
「確かに俺は変人かもな」
 俺も笑い返しながらそう言った。安西は立ち上がり俺の目の前に立って話し始めた。
「藤村さん、助けてくれてありがとうございました。本当に嬉しかったです。どうかこれからもよろしくお願いします」
 安西はそう言って頭を下げた。その姿を見て俺は今までのことを思い出す。色々考えて決断できなかったことや力になりきれなかったこと。様々なことが思い出される。
(あぁ、本当にこの子を助けられてよかった)
 思い出していると目頭が熱くなり抑えきれず涙が流れる。
「えっ!どうしたんですか!」
「いや、君に感謝されて俺が今までやってきたことが報われた気がしたんだ。色々悩んで勇気を出せなかったときもあったけど、なんとか勇気を出して君を助けることができてよかったと思えたんだ。それがあまりにも嬉しくて」
 言葉を紡ぐたび涙があふれてくる。安西はそんな俺を静かに見守ってくれる。
 しばらくして涙が落ち着く。俺は安西の方を見ると安西は俺の顔を見て少し微笑みながら言う。
「大人の男の人が泣いているの初めて見ました。泣くこともあるんですね」
「もういつぶりに泣いたか分からないよ。大人になってからは、つらいことや感動することがあっても涙がでることなんてなかったんだけどな」
 俺は涙をぬぐいそう答えた。
「素敵なことだと思いますよ。私も最近まで涙なんてもう出ないと思っていたのに、ここ最近は泣いてばかりです。でも涙を流すとすごくすっきりすることに気づきました。今藤村さんが流している涙は私が最近流している涙と同じだと思います。その証拠にすっきりしたんじゃないですか?」
 安西は俺に尋ねる。
「あぁ!今すごくすっきりした気分だ。……よし、家に帰ろう!待っててくれてありがとな」
「いえいえ、私もこの公園でまた時間が過ごせてよかったです。引っ越しするとなれば、もう来ないかもしれませんので」
「確かにそうだな」
 俺が立ち上がりながらそう同調する。安西も立ち上がり一緒に公園を後にした。

 *

 家に着くと早速俺は買ったものを整理して安西の部屋に持って行ったり、リビングの所定の場所に置いたりした。
「そういえば家事の分担とか決めて無かったな。色々やってもらっているけど、ちゃんと分担しようか」
「え、私が全部やりますよ?ただでさえ家に置いてもらっているので」
「そういう訳にはいかないな。安西さんも学生で勉強をしなきゃいけないのだからそこは公平にいこうよ」
「……そういえばその安西さんって呼ぶのちょっと他人行儀すぎませんか?」
「えっ、確かにそうだけど何て呼べばいいんだ?」
 俺は困惑しつつそう答えた。安西は少し不満げな顔をして
「それはお任せしますが、苗字で呼ぶのはもうしないでください。前の家のこと思い出すので」
「そうだな。……舞佳さんでいいか?」
「……さん付けにこだわりでもあるんですか?それだったら舞佳って呼んでほしいです」
「ま、……まいか」
「ぷっ。慣れない感じがすごいですね」
 安西は小悪魔のような表情で俺を見る。
「しょうがないだろ。実際慣れていないんだから!」
 安西は俺の慌てている様子を見て笑っているようだ。笑いながら安西は話し始める。
「ごめんなさい。ちょっとからかってしまいました。藤村さんのリアクションがあまりにも面白かったですので。……家事の分担の話でしたよね?舞佳って呼んでくれるなら公平にするって提案を受け入れてもいいですよ?」
「……なんだよそれ!やっぱり家事全部やってもらおっかな!」
 俺はつい思いとは裏腹のことを言ってしまった。それを聞いた安西は
「そこまで舞佳って呼ぶの嫌ですか?」
 少し涙ぐんだ表情で言った。俺は慌てて
「冗談だよ冗談。……舞佳」
「……ふふっ。じゃあ仕方なく分担されてあげますね」
 安西は涙ぐんだ表情から一転して小悪魔じみた表情に戻っていた。
(女子高校生に踊らされている30歳なんて俺くらいだろうな……)
 情けない気持ちになり俺は肩を落とす。安西は満足げな表情で
「じゃあ分担はどうしましょうか?」
「そうだな。役割で分担するのはどうだ?俺は料理が得意じゃないから舞佳に任せたい。その代わりに掃除とかは俺に任せてくれ」
「分かりました!」
 安西は素直に快諾してくれた。俺は普段のペースに戻ったことに安心した。
「よし。細かいところは調整しながら決めていこう。早速今日の夕飯からよろしくな」
「りょうかいです。……健さん」
 俺は下の名前で呼ばれたことにビクっとする。それを見た安西はしたり顔になっている。
(ちょっとこれからの生活に不安を感じてきたぜ……)
 俺は安西の意外な一面に少し驚きを隠せずにいた。
 
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