夏のはじまり

文字数 2,352文字

 前とは変わった最寄り駅。まだ慣れない帰り道。俺は新しく引っ越したアパートを目指し帰っているところだった。
(前のアパートの方が近くて便利だったけど、こうして引っ越すと新鮮な気持ちになっていいな)
 舞佳のテストが終わる頃に、俺らはすぐに新しいアパートを探すべく不動産会社へ相談しに行った。いくつか候補を出してもらい内見に行った結果、会社から4駅離れた今のアパートを借りることになった。
 駅から徒歩で15分かけて今のアパートに着く。鍵を開けて家に入ると夕食の香ばしい香りが出迎えてくれる。
「ただいま~」
 俺はリビングに入りそう言うと
「おかえりなさい!」
 もう慣れたといった具合に挨拶を返す舞佳。キッチンに立っており、唐揚げを揚げているところのようだ。
「先シャワー浴びてきちゃうね」
「はーい」
 いつもどおり着替えを持って風呂場へと移動する。シャワーを済ませて、またリビングに戻ると夕食が食卓に並んでいた。ここ最近はいつもこういった感じだ。
「今日もうまそ~。じゃあ、いただきます!」
「私もいただきます!」
 食卓を2人で囲み食べ始める。舞佳の手作りの料理は高校生とは思えない程しっかりしたもので、それを食べることが最近の俺の楽しみになっている。
「あれ、明日で学校終わりだよね」
「そうですね。ようやく夏休みです!」
「お~いいね~夏休み。そういえばテストの結果はどうだった?」
 俺は気がかりだったテストの結果について尋ねる。
「昨日すべての試験結果が返ってきました。……総合で1位でした」
「えええ!すごすぎ!!」
「いえ、健さんのおかげです。前日テスト勉強に集中できたので今回の結果になりました。以前のままだったら家事で時間取られちゃってましたから。今回はその時間を勉強時間に回せたのが大きかったです」
 舞佳は謙遜した様子でそう答える。
「でも、勉強したからといって簡単に1位をとれるものでもないでしょ。それは舞佳が普段努力している結果だと思うよ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
 舞佳は少し照れくさそうにそう言った。
(あの環境でこれだけ結果を出すなんてすごい才能だよな。本当にすごい子だな)
 次々と明らかになる舞佳の能力の高さに俺は驚きを隠せないでいた。
 俺は夕食を食べながら他の話題をすることにした。
「明後日から夏休みだけどどうする?俺は平日今までどおり会社だから日中はいないけど」
「そのことなんですが一つやってみたいことがあります!」
「おっ、何してみたいの?」
「アルバイトをやってみたいです。学費と生活費を自分で賄えるようにしておきたいですので」
 舞佳はこちらの目をしっかり見てそう言った。
「生活費なんて気にしなくていいのに。俺が保護する以上俺が出すよ。学費についても社会人になってからでいいんじゃないか?学生の内に掛かる費用は俺が肩代わりするよ」
「お気持ちはありがたいですが、少しでも将来の負担を今の内に減らしておきたいんです。あと、社会勉強にもなると思うので」
 舞佳は決心が固い様子でそう言った。
「なるほどな……わかった!そういうことならアルバイトしてみるのもいいと思う。ちなみになんのアルバイトしたいとかってあるのか?」
「一番興味があるのは飲食店のキッチンとかですね。私の今のスキルで役に立てるとしたら料理くらいですので」
「いいと思うな。舞佳は料理上手だしすぐに戦力になるでしょ」
「ありがとうございます。その方向で探してみようかと思います」
 舞佳は頭を下げて、そう言った。
「ちなみにどうやってアルバイトは探そうと思っているんだ?」
「学校の途中にあるお店を見て回ろうかと思っていましたが……」
「それもいいと思うけど、せっかくスマホを買ったんだからまずはネットで探してみるのがいいんじゃないか?ネットでしか求人出していないところもあるはずだから」
「なるほど……」
 舞佳は机の上に置いていたスマホを手に取った。この前スマホの使用方法について簡単に説明したが、まだ慣れていないようで手間取っているようだ。
「どう?うまく調べられそう?」
「なんかうまくこの地域で絞ることができなくて難しいです」
 舞佳は難色を示していた。なので、俺は舞佳のサポートに入ることにした。検索条件等のチェック項目の選択の仕方などをアドバイスしながら検索していると、最寄り駅周辺の飲食店求人に絞るところまで進んだ。
「おっ、結構出てきたな。ここからは自分で調べられそうか?」
「あっ大丈夫そうです!ありがとうございます!」
 舞佳はお礼を言うと、俺は舞佳の元から離れて夕食の皿洗いをすることにした。しばらくすると
「この求人。高校生OKって書いてあるので行けるかもしれません」
 舞佳はこちらを見てそう言った。俺は一旦皿洗いの手を止めて舞佳のスマホ画面を確認した。
「どれどれ。このファミレスか。前言ったファミレスと同じ系列の店だな。……求人条件も悪くなさそうだしいいんじゃないか。短時間からの勤務も可能みたいだし融通が利きそうだ」
 俺は求人条件を一通り見てからそう答えた。
「じゃあここにしてみます!でもどうやって応募するんだろ。直接お店に行くのかな?」
「多分ネットからの申し込みができるからその求人の画面よく確認してみな」
 俺がそう言うと、舞佳はスマホを操作し始めた。
「あっ、ありました。……なるほど。先に申し込みをネットからすると後日電話がかかってくるみたいですね。ちょっとやってみます」
 舞佳は慣れない手つきで操作を進めている。皿洗いが終わった俺は舞佳の画面を横で見守ることにした。慣れないながらも着実に必要な情報を入力して無事申し込みができたようだ。
「無事できたようだな」
「はい!あとは待つだけですね」
 舞佳は自分で出来たことに満足げな様子だった。
 
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