嬉し涙

文字数 2,455文字

 俺たちは家に戻り、安西と一緒にリビングへ入った。安西はどうすればよいかわからない感じでこちらの様子をうかがっている。
「……大変だったな。どりあえず荷物を置いてそこのソファーにでもかけてくれ。一休みしよう」
 俺はそう安西に声をかけて近くの椅子に座る。俺も慣れないことをして神経を使ったので、椅子に座ってリラックスする。
(あっ!そういえばスマホ録音モードのままだったな)
 俺はスマホを手に取り録音を停止する。安西の方に目をやるとソファーに座っているが落ち着かない様子みたいだ。
「少し落ち着いたら今後のことについて話しておきたいんだけどいいか?」
 俺は安西の方を見てそう言った。
「大丈夫ですもう話してもらって。早く聞きたいです」
 安西は早く知りたいようでこちらを見てそう答えた。
(どうやら今後のことが心配でたまらないようだな)
 俺は頭の中で話すべきことを整理しながら話し始めた。
 「まずは今日の出来事について順番に説明するね。俺はスマホのカメラを起動して胸ポケットに入れてからインターホンを押した。母親が応答すると俺は『物音について聞きたい。警察に相談しようと思う』と言ったんだ。すると母親が玄関まで来て物音の原因について話し始めた。その説明の中に明らかな嘘があったので、その嘘を聞いた上で強引に家に押し入ったんだ。そこからリビングに入って君の姿を撮影した。以上が今回の大まかな流れだな。撮影した映像見てみようか?」
 安西は軽く頷いたので俺はスマホを取り出して撮影した映像を流す。俺も一緒に確認してみる。思ったよりしっかりと状況が映っており、証拠として十分なものとなっていたため安心した。
「うわぁ……こんなこと言ってたんですね……」
 安西は母親が嘘をついている場面を見てそう呟いた。
「出たところ勝負だったけどだいぶうまくいったな。虐待を隠していたことと虐待後の状況が映っているから証拠としては十分でしょ」
「……そうですね。ですがこれをどうするつもりですか?警察とかに出されても私はちょっと困ります。今後の行くあてもないですし」
 安西は心配そうに俺に尋ねた。
「ここからは君次第でどうするか決めようと思う。俺から提案できることは2つある。まず1つ目は未成年後見人をあの父親から移すってことだ。未成年後見人については知っているか?」
「……いえ、知らないです」
「俺も最近調べて知ったのだが、ざっくり言えば両親の死亡等で子供を保護する人がいなくなった場合、その子供を守るための代わりの保護者が未成年後見人と呼ばれているんだ。未成年後見人は子供を保護する義務がある。その恩恵として元の両親の遺産が相続できるみたいだ。まぁほかにも報酬があったりするらしいが詳しいことは分からない。とりあえず今わかっていることは父親がその未成年後見人になっているみたいだ」
「そうだっんだ……そんなこと聞いたことなかったことです」
「やはりか……ちなみにこの未成年後見人は子供の希望で他の人に変更することが可能だ。もし君が俺を未成年後見人にしたいって言えば、俺がそれになることが可能だ。これが1つ目の提案」
「2つ目は?」
「未成年後見人をあの父親のままにしておくことだ。今持っている証拠を使って父親に交渉して君を解放してもらう。法的な手続きが不要なことがメリットだな」
「なるほど……1つ目だと藤村さんが保護することになるんですね」
「嫌だったら他に保護してもらえそうな人を探して、その人を未成年後見人するって方法もある」
「……いえ、他に信頼できそうな人はいないと思うので……ただ、なんで私なんかを保護してくれようとするんですか?」
 安西はこちらの目をしっかりと見てそう聞く
 俺は少し考えてから答えた。
「今日昔馴染みの友人と会ってきたんだ。話の流れで安西の話になって、俺が何もできないでいることを相談したんだ。そこから未成年後見人の話とかになって色々調べたんだ。そして一緒に色々作戦を考えてくれたんだ。その後別れ際にその友人が『せいぜい後悔しないように頑張れよ』って励ましてくれたんだ。それから家に帰って、隣から物音がいつものように聞こえた時に俺はその言葉を思い出して今回行動に移した。つまり俺は後悔したくなかったんだ。もし君がこのまま虐待を受けて自殺したら、とか考えていたら居ても立っても居られなかった」
 続けて俺は話す
「あともう一つある。今まで俺は特に何かを成し遂げたって感じることはなかった。このまま何も成し遂げずに平凡に生きていくのかなって思っていた。でも、心の中では何が誇れるものを作りたいって思ってた。そこで君を助けることが俺にとって誇れるものになれる気がしたんだ。……結局俺の自己満足だ。それが君を保護したいと思った理由だ」
 俺は自分のありのままの気持ちを伝えた。それを聞いた安西は静かに話し始めた。
「そうですか……よく分かりました。ただの善意で保護するってことだったら、私的には腑に落ちなかったです。ですが、藤村さんの今の気持ちを聞いてとても納得できました。……正直私はもう限界でした。今日母親から暴力を受けていた時、自殺しようかなって思い始めていました。もう私に生きる価値なんて無くて、このまま死んだ方が楽になれるのかなって思い始めていました」
 安西の目は涙が溢れてきていた。涙が頬を伝って流れ始めるが、安西は気に留めず話し続けた。
「今の藤村さんの話を聞いて私にはまだ生きる価値があるんだなって思いました。こんなに嬉しい気持ちになったのは初めてです。嬉しくて涙がでるのなんて嘘だと思っていましたが本当なんですね……私が藤村さんの誇れるものになれるのならば喜んでなりたいです」
 安西はそう言うと更に涙が頬を伝う。俺は安西の頭に手を添えて
「……君は強いな。よく今までずっと我慢してきたね。勇気を出して助けに行って本当によかった。心から嬉しいよ」
 俺もつられて涙目になる。そのまま特にお互い言葉を交わすことなくゆっくりと時が流れていった。
 
 
 
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