またあのファミレスで

文字数 2,488文字

 事務室を出てスマホを確認すると健さんから一通の連絡が来ていた。
『バイト終わったらそのまま外食いこ。終わったら駅前の喫茶店にきてね』
 そんな連絡と共に喫茶店の地図情報が送られてきていたので、私はそれを確認しながら喫茶店へ向かう。
 喫茶店の前に着き健さんに連絡すると、健さんが店から出てきた。
「お疲れ!前の家の時に行ったファミレス行ってみない?久しぶりに」
「いいですね!行きたいです」
「よし、じゃあ電車で向かおうか。今度は前の時みたいに遠慮しなくていいからね」
 健さんは微笑みながらそう言った。
「私が払うわけではないので流石に遠慮はしますよ。なので今日はハンバーグとポテト、パンケーキくらいで抑えておきます」
 私は冗談混じりにそう答えた。
「あはははっ!りょーかい!」
 健さんは私の冗談に気づいて笑ってくれた。
 (健さんと話しているとつい変なこと言っちゃうな。今までこんな冗談言ったことなかったのに)
 私は今まで心を閉ざしていた時間が長く、他人行儀でいることが多かった。学校でもそういう態度でいたので当然友達ができることもなく過ごしていた。そうした中で形成された性格や話し方が私そのものだったと思っていた。だが、こうして健さんと話していると自分の意外な一面に気づくことが多くあり、これが本来の私なのかなと思い始めた。
 (結構自分では大人になったつもりだったけど、私もまだまだ子供なんだろうな)
 そんなことを考えながら私は健さんについていった。

 *

 私たちは例のファミレスに着き、ウェイトレスの人が席まで案内してくれた。
 席についた私は早速メニューの端から端まで見る。この前食べたポテトとハンバーグは健在だったのでまずこれを候補に入れる。それからデザートのところを見ると、前に目をつけていていつかは食べようと思っていたパンケーキがあったことを確認できて一安心した。
「随分メニューにご執心のようだな」
 健さんは私が真剣にメニューを眺めているのを見て微笑んでいた。
「健さんにとってはただのファミレスのメニューであまり魅力が無いのかもしれませんが、私にとっては滅多に無い機会ですので真剣なんです」
 私は健さんの子供を見守るような笑顔に少し腹を立ててそう言い返した。健さんは少し強い口調に驚いた様子だ。
「すまんすまん。真剣に選んでいるのを笑うのは失礼だったな。俺もちゃんと決めなきゃな」
「私はもう決まりましたので早くしてください」
 私は怒ったフリをして健さんを急かしてみた。健さんは少し焦った様子でメニューを見始めた。
 (またやってしまったぁー。つい健さん相手だと変なこと言っちゃうんだよなぁ)
 私は自分の発言に後悔していると、健さんが選び終わったようなので、一緒にメニューをタブレットから注文した。
「そういえば初出勤はどうだった。うまくやっていけそう?」
 健さんは少し心配そうにそう尋ねてきた。
「いい人ばかりだったのでやっていけそうです。あと、明日も出勤することになりました。ちなみに19時〜21時のシフトに入れるか聞かれているのですが、入っても大丈夫ですか?」
 私は店長に聞かれたことを思い出し、健さんに聞いてみた。
「そうだね……大丈夫だよ。必要であれば家事も交代するから」
「ありがとうございます。しばらくは入れるだけ入ってみます。早めに仕事を覚えたいので」
「わかった。無理しない範囲でやるんだよ」
 健さんはどことなく心配そうや表情でそう言った。心配そうながらも私の意思を尊重してくれることに私は心から感謝した。
「ご注文の料理を持ってきましたにゃー!」
 猫型ロボットがいつの間にか席のところに来ていて、料理を運んできたことを知らせてくれる。
 私と健さんはお互い目を見合わせて笑った。
「ふふっ。前に来た時のことを思い出しますね。相変わらずかわいいです。このロボット」
 私がそう言うと
「だいぶ気に入っているようだな」
 健さんは笑顔でそう言った。私はロボットからポテトを取り出して
「ポテト、一緒に食べましょう」
 私はそう言って机の真ん中にポテトを置いた。
 健さんと一緒につまんで食べたポテトは以前食べた時よりも不思議とおいしく感じた。

 *

 私たちはファミレスで何気ない会話をして食べ終えると、家に向かい夜の道を歩いていた。
「舞佳は夏休みどっか行きたいところとかある?会社の夏季休暇があるからせっかくだしどこか遠出してみないか?」
 健さんがそう提案してくれる。私は少し考えてから
「どこか行きたいとかはあまり思い浮かばないですね。正直今の生活に満足しているので。健さんはどこか行きたいところあるんですか?」
 私は健さんに同じ質問を返した。健さんも少し考えた後に
「そう言われると思い浮かばないものだな。暑くなってきたし涼しいところに行きたいかな〜って思うくらい」
「確かに涼しいところがいいですね。涼しいところだと例えばどこですか?」
「北海道とかだいぶ涼しいと思うぞ。天気予報見ててもいつも涼しそうだし」
「北海道……いいですね。一度も行ったことないですし、すごく涼しそうです」
 私は北海道のことを思い浮かべながらそう答えた。
「よし。じゃあ今年の夏は北海道に行こう!具体的な日程は会社の予定確認してから決めたいから明後日とかにまた話すよ」
「分かりました!楽しみです」
 私は未知の北海道に対して期待が膨らむ。健さんも心なしかテンションが高そうだ。
 (旅行か……小学生以来だな。結構楽しみかも)
 新しくできたイベントに私は心を躍らせていると、ドンと大きな音が空から鳴り響いてきた。
「おっ。どこかで花火やってるみたいだな。……もうすっかり夏って感じだな」
 健さんは空の遠くの方を眺めている。私も同じ方角を見てみると遠くの方で花火が打ち上がっている光が微かに見えた。遠くでも綺麗に輝くそれに目を離せずにいた。
「旅行の後に予定が合ったら花火も見に行くか?」
 私の様子に気づいた健さんはそう提案してくれた。私は健さんの方を見てうんうんと大きく2度頷いた。
 今年の夏は今までで1番楽しいものになると確信する私だった。
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