相談

文字数 2,702文字

あっという間に食べ終わると、俺らは食休みがてら最近の近況について語り始めた。
「最近どう?また新しく気になる子ができ始める頃じゃないの?」
 松本は、ニヤニヤしながら俺にそう聞いてくる。
「去年話した子以来は特にないかなぁ、なんか最近はそういうの落ち着いてきてる気がする」
「おいおい、俺たちもう30歳だぜ。行き遅れちまうぞ~」
「そうだよな~あ、そういえば好きになるとかそういうのじゃないけど最近気になる子ならいるなぁ」
「なんだよそれ!やっぱいるじゃねぇか!」
「いやいや、今度のは本当にそういうのじゃないんだよ。近所の子でさ……」
 話の流れで安西の話題になる。
(この話はするつもり無かったけど、どこまで話そうかな……いっそ、今の状況をちゃんと伝えてなんかいいアイデアあるか聞いてみるか)
 俺は、ここ最近置いた安西との出来事をざっくりと松本に話した。
「それ結構やばくないか……」
「だろ。でもさ、本人が助けを求めている訳ではないからこれ以上関わるのも迷惑かなって思うし」
「確かにな……お前はどうしたいんだ?今のままでいいのか?」
「よくないよ!あの子が虐待を受けていることは分かっているんだから……でも、もし通報とかしたとして、その後一体誰があの子の面倒を見るんだ?色々調べてみたんだが、虐待が判明したとしても施設が預かってくれる保障もないみたいなんだ。一時保護の後に両親に戻されてしまうケースも多いみたい。だから俺は無責任に通報とかできないなって思う」
「なるほどな……だが、今のお前の話だと俺の質問に答えきれてないな。もう一度聞くがお前はどうしたいんだ?」
 松本はいつになく真剣な目で俺を見ている。普段は軽いノリのやつだが、こういう時はしっかり状況を分析をして的確な答えを出してくれる。つい忘れがちだが、松本は頭が非常に切れる頼りがいのあるやつだ。
 俺は今一度松本の質問についてよく考えてからゆっくりと答えた。
「俺は……あの子を助けたい」
「よし!決まりだな。助ける方法を考えるぞ。まずは今の状況を整理する必要があるな。改めて今までの出来事を時系列に沿って教えてくれ」
「わかった。話長くなりそうだし、いったん場所を変えるか」
 俺と松本は立ち上がり会計を済ませてから定食屋を後にした。俺らは駅前の喫茶店に移動することに決め、移動中に俺はこれまでのことを詳しく松本に話した。
 喫茶店につき、席につくと松本は話を切り出した。
「なるほどな。今の状況だと録音データと安西の証言の2つがあればとりあえず今の両親から安西を解放できそうだな。だが、問題は解放した後の安西の保護についてだな。市役所の施設で一時保護は行っているみたいだが、今の親権があの両親にある以上は両親の元に戻される可能性が高そうだな」
 松本はスマホで虐待について調べつつそう答える。松本は続けて
「一時保護してもらうってやり方は、問題の根本的解決にならなそうだから無しだな。別の方法を考えていく必要があるな。例えば、親権を他の人に移して、安西とあの両親との関係を断ち切るってのはどうだ?」
「なるほど……俺には全く思いつかなかったな。だが、そんなの簡単にできるのか?権利の問題だと裁判所で手続きが必要になるしそう簡単にできないと思うが」
「そうだな……まずは、調べてみるか。この手段が難しそうなら、正攻法で行くのは無理そうだな」
 松本がそういうと俺らはそれぞれのスマホで親権について調べ始めた。
 しばらくして、今度は俺から話を切り出した。
「……もしかしたら、あの両親が未成年後見人っていうものになっている状況なのかもな。本当の両親が他界した時に、遺言書がなければ親権は喪失して引き取り手が未成年後見人になるようだ。まぁ状況に応じてだが」
「その可能性が高そうだな。まぁ当時の状況を知らないから実際はどのような状態になっていたかは判断がつかないが」
 俺はこの前に安西とファミレスで話していたことを振り返るが、当時の状況についてはあまり聞けていなかったことを思い出す。
(あの時、親権のことを調べていれば当時のことを聞き出せたかもなぁ。ちくしょう……)
 松本はスマホの画面を見ながらまた話し始めた
「この未成年後見人ってのは、子供の意思が尊重されるみたいだから、子供が他の人を希望すればその人が未成年後見人になることができるみたいだな」
「割と変更については緩い制度なのかな。ただ、やはり本人の意思が大事な訳か……」
「どうだ?あの子の周りに頼れる大人はいそうか?」
 俺はこの前のファミレスでの会話を再度思い出す。
「この前たまたま聞いたことがあるんだが、安西はそういう人はいないって断言してたな。親族も他に引き取ってくれるような人は出てこなかったと言っていたはずだ」
 俺はこの方法も結局無理なのかなと思っていると松本は
「じゃあ、もうお前が未成年後見人になるしかないんじゃないか?」
 予想の斜め上を行く提案に驚きつつ冷静に答える。
「えっ、それは厳しくないか。俺、まだあの子と会ってから数日だぞ。あの子が俺を未成年後見人に希望するとおも思えないが……」
「確かに希望するかどうかはその子次第だが、ほかに方法はあるか?俺は一つの手段として有効だと思ったから提案してみたところだ」
 俺は実際に自分が保護できるのかを考えてみた。
(……幸いにも俺は独身貴族だ。家の広さや金銭的な余裕、時間的な余裕もある……保護するのは割と容易だな……独身がこんなことで活きるとはな皮肉なものだ……)
「考えてみたが、俺が引き取ることはできそうだ。……独身だし彼女いないしな」
「あははは!彼女がいないことが功を奏しているの面白いなぁ」
「おいこら!……だが確かに一つの手段としては有効そうだ。まぁこれも本人の意思次第になる訳だが……でも普通に嫌じゃないか。俺みたいなまだよくわからない独身のやつに保護されるのは……」
「まぁそりゃそうだな!」
「そこはなんかフォローしてくれよ!」
 俺は少し不満げな顔してそう言った。松本はそんな俺をみてニヤニヤしている。

「とりあえず、安西に次あった時に提案してみればいいんじゃない?断られたらまた別の方法を考えてみればいい」
「そうだな。……なんかこんなことをあの子に提案するの気恥ずかしいな。このまま放っておく訳にもいかないけど」
「お前の今までの告白の方がよっぽど恥ずかしいから気にしなくていいぞ」
「うるせぇ!」
 余計な一言を言う松本に俺は一喝いれる。
「あとはお前次第だな。せいぜい後悔しないように頑張れよ」
 松本は少し真剣な顔になり、そう言った。それから俺らは喫茶店を出て、駅前で別れた。
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