アンケート作戦

文字数 1,510文字

次の日、会社で仕事をしながらも接触方法についていろいろ考えていく中で1つの作戦を思いついた。正直、この作戦がいい方法だとは思わないし、もっといい方法があるだろう。だが、ほかに思いつくわけでもないし、そんなに悠長に考えている時間もなかった。仕事の合間に作成した1枚の紙を印刷して、カバンにこっそりと入れた。定時になると俺はそそくさと職場を出て、公園へ向かった。
 公園に着くと、相変わらず少女はベンチに座っていた。カバンから印刷した紙とクリップボードを取り出し少女に近づく。
 (……緊張するな)
 あらかじめ考えていたセリフを思い出しながら少女に近づく。少女がこちらに気づいた時、俺は
「突然すいません。今アンケート調査を行っておりまして、ご協力いただけますか?」
 と声をかけた。警戒していた様子の少女は、少し警戒を解いたようで
「……はい、私でよければ……」と答えた。
 (俺の正体には気づいていないみたいだな)
「ありがとうございます。そしたら、用紙の内容を一読してからご回答お願いします」
 俺は少女にクリップボードとアンケート用紙を渡した。それから、俺は静かに少女の様子をっ見守った。少女は内容を読み始めると眉をしかめる。大体読み終わったみたいで俺に目を向けた。
「お気持ちはありがたいですが、私は大丈夫です。こちらはお返しします」
 未回答の用紙を俺に返してきた。俺は何か声をかけようとするが特に思いつかない。そのままでいると、少女は背を向け公園から去っていく。俺はその背中を見ていることしかできなかった。少女の首元にはまだ青あざが残っていた。見間違いでなければもう一か所あざが増えているようにも見えた。痛々しいそれを見た俺は、どうも放っておけない気持ちになるが、返却してきた時の少女の目つきから決心の固さが伝わり、干渉しすぎるのもよくないのかなとも思った。俺はその未回答だったアンケートを改めて確認する。
 【初めまして。私はあなたの家の隣に住んでいる藤村というものです。突然申し訳ないのですが、確認したいことがありまして、今回このような形で話しかけました。私は、最近あなたの家から連日結構な物音や声がしているのを聞いています。そのことから、私はあなたの家で虐待が行われているのではないかと考えています。もし、虐待を受けているのであれば教えてください。私はその物音の録音データを持っており、あなたの力になれると思っています。もし、誤解だとしたら虐待がないことを教えてください。録音データは消去します】
 (これで正しかったのかなぁ、まぁ本人の意思を聞くことができてよかったか……)
 釈然としないながらも自分を納得させて俺は家に帰っていった。
 夜8時、今日も物音が隣から響く。録音データのことを思い出し、消去しなきゃと思っていると、ふと1つの疑問が頭をよぎった。
 (……あれ、そういえば虐待について否定はしていなかったな)
 少女の言葉を思い出す。
『私は大丈夫です。こちらはお返しします』
 ――やはり虐待を否定してはいなかった。断定はできないが、虐待が行わている可能性はあるだろう。
 そして、初めて少女に会った日――少女が家の扉の前で立ちすくみ、手が震えていたことを思い出す。
 間違いない、少女は無理をしている。だが、無理をしている理由がわからない。あの決心が固い目からは遠慮しているだけだとも思えない。虐待が行われているのには何か理由があるのかもしれない。しかし、理由があったとしても虐待は許される行為ではない。
 (……やはり、このままにしておくわけにはいかんな。できる限りのことはやってみるか)
 俺は次の作戦を考えつつ眠りに落ちた。
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