我慢の理由

文字数 2,138文字

「昨日のアンケートのことで、1つ確認しておきたいことがあるんだ」
 続けて俺は言う。
「虐待はないってことでいいんだな?」
「……はい」
「そうか、ならこの録音データは消していいんだな?」
「……」
 安西は少し黙る。その様子をみて俺は
「これは俺の自己満足でしかないのだが、目の前で虐待が起きているのを見て見ぬふりはしたくないんだ。俺は社会人として必ず君の力になれると思う。色々虐待のことについても調べてみた」
 続けて
「君に初めて会った日。ドアの前で震えているのを見た。我慢しているのだろう?なぜそこまで我慢する必要があるんだ」
 安西はこちらの顔をじっとみながら黙っている。聞きたいことを出し尽くした俺は、一旦安西の様子を見守る。そして、安西は静かに話し始めた
「我慢するしかないんです。私はあの家族の本当の娘ではないのですから」
 続けて安西は語る
「私の実の両親は、私が小学5年生の時に事故で他界してしまいました。両親がいなくなり1人になった私は、親戚の家に引き取られることになりました。その親戚が今の家族になります。今の両親は世間体をとても気にする人で、私を引き取ったのも他の親族によく見られようとするためのものだったみたいです。私が引き取られた時、この両親には実の娘がいて、当時は3歳の子供でした。ある日母は、その子の育児と仕事のストレスで私にあたることがありました。そこから私は、母の機嫌の良し悪しで暴力をうけるようになりました。早くこんな家から出ていきたいと思いながらも、行くあてがなかったのであきらめるしかなかったです。中学を卒業した時に家を出ることも考えましたが、中卒で今の社会で生きていくのは厳しいと聞いていました。なので、高校はせめて卒業しようと思いました。今の両親にそのことを話すと、嫌そうな反応でしたが条件付きで許可してくれました」
 「条件つき?」
 「はい、条件は学費は自分でなんとかしろってことです。そうすれば家に今まで通りいてもいいと言われました」
 「なんだよそれ?そんなんだったらそもそも引き取るんじゃねぇよ」
 あまりに理不尽な話に俺は怒りを隠せなかった。続けて俺は自分の思ったことを話した。
「確かに、今の両親は君にやさしくする義理はないかもしれない。だが、君の立場の弱さを利用してストレスのはけ口にしているのは許されることじゃないな。周りに頼れる人はいなかったのか?学校の先生とか」
「そういう信用できるような人はいなかったですね。私の親族以外に私を引き取ってくれそうな人はいなそうでしたので……学校の先生とかに話をしたとしても結局どうすることもできなかったと思います。正直頼れる先生はいなかったですし」
「……そっか」
 俺が心配するまでもなく、彼女はいろいろ自分で考えていたことが分かった。
(今の俺じゃあまり力になれないのかもな)
 「……藤村さん、ありがとうございます。私こんな話をほかの人にしたのは初めてです。正直この話をしても何も意味がないと思っていたのですが、話を聞いてもらうだけで少し気持ちが楽になりました。どうやら私は結構我慢していたみたいですね」
 最初はよそよそしく他人行儀な安西だったが、今では少しやわらかい表情になっていた。
(こういう表情もできる子なんだな。いつも無表情で他人行儀になっているから大人びた表情になっているんだろうな)
 俺は年相応の表情をする安西を見られてうれしかったが、同時にその表情を奪っている今の両親に対して再度怒りを覚えた。
「安西さんのこといろいろ聞けてよかったよ。今までたくさん悩んできたんだな。俺は君の力になれると思っていたけど、今の安西さんのためにできることはあまりなさそうだな。とはいえ、心配だから何か困ったことがあれば頼ってよ。何か協力できることがあるかもしれないからね」
「ありがとうございます。……実は1つお願いしたいことがあります」
「お……いいよいいよ話してみて」
 ちょっとためらった様子の安西はそのお願いについて口にし始める。
「そのハンバーグ、一口いただいてもいいですか」
 俺は予想の斜め上を行くそのお願いに驚きつつ笑う。
「あはは!全然いいよ!……けど、だいぶ冷めちゃったよ」
「大丈夫です!一口でいいので」
 俺は、切り分けたハンバーグを小皿に乗せて安西に渡した。安西はハンバーグを口にすると、今日一番の笑顔になりハンバーグをかみしめている。
「ハンバーグ食べるのは久しぶりか」
「はい、中学校の給食以来ですが、給食と違ってソースやお肉がすごくおいしいです」
 安西は嬉々としてそう答えた。
 (ファミレスのハンバーグでこんなに笑顔になれるのは素直に喜ぶべきことか……まぁうれしそうにしているしなんでもいいか)
「ご注文の料理を持ってきましたにゃー!」
 いつの間にか横にいた猫ロボットに俺は「うおっ!」と驚き声をだす。安西は「ふふふ」と笑っている。「にゃー!」に対して笑っているのか俺のリアクションに笑っているのかはわからないし聞けなかった。今日のお目当てのパフェが届いたようで、ロボットから机に移した。そこから俺は安西に一言確認をしてみる。
「少し食べるか?」
「いいんですか!!」
 今日一番の笑顔を更新してきた安西だった。
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