第20話

文字数 1,060文字

(20) ご一緒に…
 惣二が供出で無くなった風鈴の跡を見ていると、その下をとっつぁと幸雄が買い出しから帰ってきた。
 野菜や色々な物が入った袋を二人とも背中に背負っている。荷物を下ろすと皆が我先にと荷物の中身を引っ張り出した。
 
 とっつぁと幸雄が裏の井戸で汗を流してさっぱりすると、とっつぁがかかを奥へ連れて行った……腰がやけに低く(ひそ)めた声に力が入っている……
 拳くらいの袋を取り出し手を入れると「手え洗ったすけぇ…」嬉しくてとっつぁの涙袋が大きく膨らんでいる。人差し指をかっつぁの口元に差し出した…「ほれ…」かっつぁは顎を引いて指先を見た…
 「ほれ、ちょっこり舐めてみ…」とっつぁが、内緒の宝物を見せる悪戯(いたずら)小僧になっている……
 「ほっ…あめっ…  砂糖っか?」かっつぁの顔が明るくなった……
 「ほれ、もちっともちっと…」一回だけお代わりをして手を振った…
 「さで、そごのっ わけぇしょ、おなごしょ…こっちさ こっ」秘め事から途端に声が豊かになった…
 「久子っ手え出してみっ」袋を慎重に振りながら小ぶりの手に砂糖を載せる…。小ぢんまりと円な目が大きく見開いた…。
 「舐めてみ」久子が聞くや否や舌を着けた……ぺたりと尻を落として、目をつぶりながらどこかの世界へ行ってしまった…
 同じように千恵子、武、惣二が順番に舐め始めた……幸雄が「とっつぁまあ、こりあ、いつ手に入ったんかね…?」手に砂糖を載せながら言った……
 「五十嵐(いからし)つぁまのとこんでな、おめが便所借りてた時だあ…」とっつぁが久しぶりに大きな笑顔になった……幸雄が目をつぶりながら味わっている。
 五十嵐つぁまは、とっつぁが自転車屋を開業した時にとっつぁを信頼して援助してくれた身上(しんしょう)持ちの家だ。援助して貰った分は既に返済を済ませた。今でもたまに顔を見せに行く。
 
 久子と千恵子と武が、仲良く川の字になって、あっちへごろごろ、こっちへごろごろ、綺麗に転がっている。
 「この世ん中でいっちばんうんめーもんなーんらっ?」武が()くと二人が「さどおー」「あんなあー ほんとわっ さ、と、お ってゆうかんなっ …どって濁っと、あんま甘そうに聞こえんろっ…ええかっ…ほれご一緒にっ」 ……「さ、ど、おっ…」
  「…ってやー おぁーい……」
 皆が顔いっぱいに笑っている……かかが目尻を薬指で拭って、もう一度手拭いを大きく両目にあてた……
 とっつぁがかかに砂糖の袋を渡した。
 
 この晩、蚊帳(かや)の中で子供達が寝入った後も、とっつぁとかかは隅で団扇を使いながら、ひそひそと話しを続けていた……

 
 
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