第19話

文字数 789文字

(19) うるめせつね…
 「腹へったし……」「せつねえ……」夏の終わり、惣二達兄妹が、うるめが満杯の魚籠(びく)を下げて帰ってきた。
 いつも元気な武もとぼとぼと入って来た……直ぐに佃煮作りを始めた。もう惣二達が佃煮を作る。(ざる)でうるめをよく洗ったあと、貴重な醤油と塩で煮詰める。そして表で干す。数日前に干し上がったうるめを再び醤油で煮詰める。本当は砂糖も加えたいが、手に入らなくなっている。あんにゃは、とっつぁと買い出しに出てまだ帰らない。 
 
 兄妹は裏の井戸へ行って体を拭いた。いつもふざける武はふてくされている。うるめ獲りで疲れ果てているようだ。       
 飯台に蒸したさつま芋と白湯の茶碗が並べられ、皿に芋がらを煮しめたものが乗っている。
 
 かかは鉛筆を持ちながら、何やら真剣な眼差しで紙切れをいじっている。
 七才の久子が座敷に上がって、芋を手の中で回しながらかかを見ている。千恵子、武と来て、惣二が座った。かかが飯台について皆が芋を食べ始めた…と思ったら、あっと言う間に食べ終わってしまった………
 「うるめ…食っか…」とかかが言うと、空気が溜め息に変わった……かかがうるめの沢山入った蓋付きの小鉢を出してきた。「…せつね……」誰かがぽつりと呟いた…… 「…へえーはー…」武がわざと溜め息を作ったような声で言った…「…へえーはー…」久子が真似した……久子が「…うるめ、苦くてしょっぱくてはあ、もう、よっぱら(飽き飽き)らて…」
 かかが蓋を開けて、うるめを箸で(つま)んだ……惣二が摘み、千恵子が摘み、間が空いた………「…へえーえ…」武が多めに摘み顔に皺を寄せて口に放り込んだ……「…かかあ…砂糖なしてねんだがあ……」久子が泣きそうな顔でうるめを摘んだ…。惣二が、そっと、かかの暗い横顔を見た……
 
 夜になると虫が鳴き始めた。虫の音が静けさを奏でる。虫の鳴く静けさが夏の終わりを告げる。
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