第16話

文字数 810文字

(16) お休みはね…
 南から強い風が吹く日があった。春の予感だ。冷たく体を(しば)る季節が終る。根雪を溶かして芽を吹かせる陽射しに心が伸びをする。

 昭和十六年の新年度、それまで尋常(じんじょう)小学校だったものが、国民学校となった。惣二達は国民学校初等科五年生となり、国民学校は初等科六年、高等科二年の八年の義務教育となった。
 
 戦争のための金属類は今までは廃品など屑鉄が集められていたが、この年には使用中の鉄柵、マンホールから日用品の鍋釜、寺院の仏具、梵鐘(ぼんしょう)まで、金属回収令が出された。一般の自転車は言うまでもない。
 雪は解けたが自転車屋は開店休業、店に金属類は何も無い。とっつぁもかかもそのまま国の統制下の工場勤務となった。
 国民総動員令による生活の統制はますます窮屈となっていった。
 
 惣二達はラジオから流れる親しみやすいメロディの軍歌を覚え、体ごと呑み込まれ弾みながら行進して帰路に就く。
 「……♪うーみーのおーとーこーだ、かんたいきんむー……げつげつかーすいもくきんきん……」
 「お休み、ねんだあ…」昇が言う……   
 「戦争だっけのお…」惣二……
 「海の上で、ずっと戦争するんかのー?…」
 「どっかの島に行くんでねか?…」
 「島も海の上も…逃げるとこねえろー……」
 「……ノボは…戦争行かね方がええね…」
 「…そいが……ほんとは行きたくねえら…」
 「…おれも…ほんとは行きたくねっ」        
 「惣ちゃまもやー……行きたくねって言ったら、ほっぺたつねられて終わりんならんかのー……」
 「そいがー…顔変わるくれえつねられてもやー、戦争行きたくねえがー」
 
 この年の十二月、とうとう太平洋戦争が始まった。
 真珠湾攻撃を率いた山本五十六大将は隣町の長岡出身で、惣二の町も大いに湧いた。惣二も嬉しかった。この国のそんな偉い人が向こうに見える町辺りで生まれ育ったなんて…自分達も偉くなれるのかもしれないと勘違いするほどの気分だった。
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