第32話

文字数 928文字

(32) 夜明け前に団栗は… 
  ドッ!…  ドッ!…  
 夜明け前の暗闇の中、昇が木を蹴っている。
 「“こーっらっ… ソウ…ジッ… ”」
 「それやーノボ…やめれってばやー」

 踵(かかと)を上手く使って、木の幹の芯に力を伝える。落ちそうな団栗に駄目押しを食らわせて落とす。
 真っ暗な闇の中で、どこに落ちるか分からない団栗は生き物のように落葉に音を立てる。
 惣二は団栗を集めに一昨年から来るようになった、このわずかに丘になった雑木林。クヌギやナラの木があって団栗を落とす。けれど、今年は惣二達以外にも拾う人がいて、先を越すため夜明け前に林に来た。

 「…ノッボッ …やあー!」蹴りに声を乗せる。
 「…ノボさあ、もう百万回蹴ったて…もう落ちて来んて…」
 「…コーッ…ラッ… 」
 「それやーノボて…ヤーメッ レーッ て」惣二の顔にとっつぁ似の笑みが浮んだ。

 「はあーっ腹減ってぇ、力入んねっしね…足痛(いって)わー…もおやー…」
 「…そいがー…拾って帰ろて…団栗、多くはねえね…」
 「くたびれ儲けらて…」

 団栗が忘れた頃に一粒落ちて、見上げると葉がわずかに木漏れ日を作っている。
 惣二がもっと年端のいかない頃、団栗が落ちているのを見るとあんなに拾いたくなって、せいぜい並べて眺めるくらいだった団栗を、大事に拾い集めて食べるなんて。
 昇と山分けにして、リュックを背負った。

 
 
 脇の戸を開けると、かかが湯を沸かしていた。湯気が大きく膨らんで惣二を包み込む。寒くて、かかはどてらを着ている。明るくない土間だが、かかの顔に影が刻まれている。かか痩せた?惣二はかかの横顔を斜に見た。
 四人の兄妹が布団から立ち上がっている。
 ……!?………とっつぁま!… 惣二は言葉を呑んだ。昨晩寝る前に、あんにゃがとっつぁの着ていたらくだ色のシャツと股引きを着込んでいた……また、とっつぁかと…
 「…とっつぁまあ…」久子が再び泣き出した。久子もとっつぁまの腹巻きをしている。昨晩布団に入っても散々泣いて泣ききれない。
 かかが久子を正面から抱きかかえ揺ら揺らし始めた。腹巻きの手触りがとっつぁの人懐こい面影を甦らせて、何度もかかを動揺させる。千恵子も泣き始め、また朝から皆頬を濡らし始めた。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み