第24話

文字数 978文字

(24) 箸を持つ度、夜が明ける度…
 梅雨の雨が止まない。にぶ色が長く空に居座って暗い。湿った土の匂いは嫌気と安らぎを交互に誘う。
 
 惣二達はしばらく消えない水たまりを()けながら、町の外れにある工場へ通う。惣二はこの年、学校を卒業して工場に通うようになった。兵器に使う小さな部品を作る工場で、長岡一帯は工場が多い……
 
 この昭和20年三月、東京に大空襲があった。…この年に入ると、各都市への空襲が激しくなり、日本の戦局はますます悪化の一途を辿っていた……
 衛藤家には防空壕を掘る庭が無いため、わずかに歩いた所の共同の防空壕に避難することになっている……まだこの町には空襲は無い……訓練ばかりだ。
 
 この前年で、南方の島々はほぼアメリカを中心とした連合軍の支配地域となった……
 爆撃機が日本本土へ、一回の往復が可能となる距離にアメリカ軍が進出していた。


 箸を持つ度、夜が明ける度、新しい季節に向かう度、かかはとっつぁを想い、惣二達もとっつぁに想いを寄せた。

「かかあ……とっつぁま、なかなか帰らんねえ……」ここのところ言葉にしなかった事を久子が(つぶや)いた…
 「荷物運ぶだけがに… …沢山あるんかのう?」千恵子も訊く…
 かかはこのごろ役場に頻繁に通うようになった…以前から幾度もとっつぁの乗った船の安否を聞いているが、答えが無い……
 「お便り届けっかあ?とっつぁまへ……葉書をな買ってあっから…」
 「葉書かあ……とっつぁまの船に届くんかあ…」皆顔が明るくなった…久しぶりだ…
 「あっきゃ!…とっつぁまに何書くかあ…」武が興奮し始めた……
 かかが「その紙に、まず書ぎてえこと、よおく考えての、下書きしてから葉書に書げな……」
 「衛藤正雄様…って書ぐんかの?」
 「とっつぁまに“拝啓”て、なして書ぐろ?……」久子が訊いた……
 「なしてかあ……正月の挨拶みてなもんかの……」…と惣二…
 かかが「”拝啓“はいらんから自分の名前必ず先に書えてしまい…久子です…から始めで、あとは自分がどやって頑張ってっか、とか、とっつぁま励ましたりな…いっぺこと書ぐから、字い小さくよおぐ考えてな……武……顔、書ぐんかあ?……書ぎてえこと書ぎきれっかあ?……どうせ顔書ぐんなら、笑かせ顔……」
 
 戦時中、戦地へ家族から、慰問や励ましの葉書が多く寄せられた。全てが届いたわけではなかったが……

 
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