第18話

文字数 821文字

(18) 泥、やさしいて…
 戦争と日常は続く。昭和18年の春、惣二と昇は13歳の年、国民学校高等科一年生となった。末の久子が国民学校に入学し、あんにゃの幸雄は十五歳となり国民学校を卒業して軍需工場に通うことになった。
 
 田植えの時期になり、出征による労働力不足が深刻で、惣二達も無償で田んぼに入ることになった。勤労奉仕だ。惣二達は商店の子で、初めて田植えをする。
 
 既に代掻(しろか)きされた田んぼは水が薄く張ってあり真っ平らな水面は空を映して揺れる気配も無い。そこへ型枠が置かれ、数人がゆっくりと田の中へ足を入れた。苗は型枠を転がしながら型枠に沿って植えられる正条植えだ。これをすることで、数人が苗を植えながら株の間隔が整然として(そろ)う。稲にむらなく日が当たり風通しも良くなる。
 
 惣二と昇も素足を田の中へ忍び込ませた。泥が冷たく滑らかに足を包み込んで、撫でるように迎えてくれる。泥が優しい。
 「あっきゃ!…あっきゃきゃっ!」
 「何だやっ?なーした?ノボ!」
 「抜けーん!抜けーん!足っ!」
 「やっ?ほんとだいーや!抜けんて…」
 他所(よそ)のおかかが肩を貸してくれ、足の抜き方を教えてくれた。まず(かかと)を浮かせて、つま先立ちになるようにしたら、そっと足を抜くそうだ。田植えの作法は一歩ずつにある。
 苗の束を腰に下げ、教えられた様に苗を泥に埋めてゆく。
 こんげぇ頼りねえ葉っぱに米ができるんかのー?……と惣二は実った稲穂を想像した。
 「ノボー…なーしておめだけ、顔ぜっんぶ泥だっけやー?」どうやら昇は泥だらけの手で顔を触っていたらしい。
 
 惣二と昇は田植えを終えて、水で泥を流した。全身が重く、思うようにならなくてぎこちなく歩いた。
 「なんぎかったあ…」と昇が顔に皺を寄せて言った。
 「……それんすてもなあ…いっぺこと米なるはずがなあ…なーして飯に米が少ねんだか……」と惣二。
 「そいがー…でえこんとでえこんの葉っぱ、前より多くて…」昇が宙を見て言った。
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