第40話

文字数 876文字

(40) 歌うように呟いて…
 煙突から煙が上がっている。窓の雪囲いから灯りが漏れている。誰かの声が聴こえた気がした。戸を開けると、いつもの惣二のいる明るい世界があった。皆が居る。暖かい空気、いつもの匂いが溢れた。眉根を寄せ涙の溢れたかかが、震えの止まらない惣二を抱き締めた。華奢(きゃしゃ)な二人をあんにゃが支えた。

 ほとんど白湯のようないつもの雑穀の粥を、空気を噛むように飲んだのは覚えている。震える手をかかが包み込むように手を添えて飲ませてくれた。惣二は着膨れて布団に入ったまま遅い朝を迎えた。

 米を炊く匂いがする。匂いが空腹を強くして、食べられると思う瞬間に幸せを感じる。体が重いうえに力が全く入らない。
 「惣二、便所らけ?」
 「…あんにゃさー…おれの代わりに小便してきてやー…」惣二が小声で言った。
 「…とっつぁまも日曜の朝、そんげなこと言うてたて…なあ…」
 あんにゃが笑いながら、外の便所へ惣二をおぶって戸を開けた。雪がにぎやかに降っている。二人の白い息が広がった。

 最後にかかのご飯をよそうと、皆正座して頂きますをした。武が目をつむり茶碗を顔の前に置いてご飯に鼻をよせた。
 「おかわりはねえすけ、ゆっくり食べねばな…」かかも手を合わせてご飯をゆっくり口に運んだ。
 芋がらのおつゆとイナゴの佃煮が並んだ。久子が箸で持ち上げたご飯粒をしげしげと眺めてから口に運んだ。皆、目をつむって無言で米を噛みしめている。静かな時間が流れ、皆の顔が丸い。
 「…はあ…終わってしもうたて…」武がイナゴを噛みながら肩を落としている。
 「…次のお米はいつかのー…」千恵子が歌うように呟いた。
 「それにしてものう…行き倒れの病人みたいだったて…惣二…」あんにゃがのんびりと言った。
 白湯を飲み始めた頃、戸を叩く音がして、昇が現れた。
 「いやいーや…おった!おったて!惣二!…米え食ったねっけ!」昇が笑った。
 二人は同時に米を噛む真似をすると、一気に笑顔が崩れた。

 朝が終わろうとしている。雪がどんどんどんどんと間断無く降り続いて根雪を(こしら)えている。出来た根雪はそこで春の光を待つ。
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