第35話

文字数 601文字

(35)反芻する牛のように…
 「…飯に卵かけてや…食ったのいつらったか… ノボは最後に食ったのいつら?」
 「………一昨年くらいかの」
 「あっきゃ、ほんまがー……そんげえかあ…おれぁ卵食ったのいつか…思いだせんがー」
 「米食いたいのお……卵あればや鬼に金棒らて…」昇は薄目をして声から力が抜けている。
 「そいがー…飯に卵!鬼に金棒!……飯に卵ぉに…なんっも勝たんて!」
 「…強え卵やー……ねえがのー…」列車が大きく揺れて昇はバタバタッと手摺りにつかまった。
 「…米だけでものお…ずっと噛んでるだけでぇ甘くなるて…ありぁ不思議やあ気い許すと飲み込んでしまうて…」惣二は閉じた目で米を噛んでいるように口を動かしている。
 「おれは口一杯らて…勝ちらいやー」昇がほっぺたを鼻の下まで膨らませて何とか閉じた口を動かしている。
 「ノボさあ…それあ一個まるまる芋かの?そんなに目ん玉開かんでも……鼻の穴でっかて…」
 ……二人は目を閉じて、反芻(はんすう)する牛のように平和だ。
 突然列車が前のめりに揺れて、二人は跳ねるのを堪(こら)えた。
 
 惣二は昇の後ろに付いて駅に降りた。案じた通り、一人の巡査が歩く乗客一人一人に視線を送っている。背の低い眠そうな目をした巡査は誰にも声をかけない。
 米を持たない二人は巡査の前を素通りして駅を出た。

 止んだばかりの雪が黒い地面を斑にしている。低い曇り空が景色を狭くして朝が暗い。

 
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