第11話

文字数 856文字

 (11) のらくろだって…
 とっつぁが店で道具の手入れをしている。戦争が始まってから自転車の売り上げが落ちたままだ。
 「んなあ、とっつぁまあ、学校でな友達が言ってたて……のらくろが兵隊さんやめて満州に行ぐんだと…」 
 惣二は少年倶楽部の続きをずっと読んでいない。学校で読んでいる友達に簡単な筋書きだけ聞いた。
 「兵隊さんの金筋なんていらん、そんなんで偉いとか決まらんって、のらくろが言って兵隊さんやめたんだと…」のらくろは失敗や活躍を繰り返しながら昇進していく、男の子が喜ぶ話しだ。
 「とっつぁま……金筋で偉いとか決まらんてどういうことかの?」
 とっつぁは宙を見ながらゆっくり瞬きした。
 「……勲章だけじゃねってことかのお…勲章は兵隊さんばかりのことだっけぇ…勲章もらわんでも立派な人は沢山おるら」
 「ふーんがかあ……」
 その1年後、のらくろは連載中止となる…

 日本で自転車は明治の終わり頃までは富裕層の持ち物で、ステイタスシンボルになっていた。しかし、大正時代に入り国産自転車の大量生産が始まり、一般にもかなり浸透し始めた。
 惣二のとっつぁは、自転車屋を始める前は煙管(きせる)を作る金属加工の工場にいたが、懇意の身上(しんしょう)持ちの家がとっつぁまを信頼してくれて、自転車屋の開業を援助してくれた。昭和に入った頃、国もガソリンを使わない移動手段に、自転車販売を推し進めた。昭和恐慌にも負けず売れ行きは好調だった。
 戦争が始まる前は、雪の降らない季節だけで家族を充分に養うことが出来るようになっていた。
 自転車屋は雪が深く積もると開店休業となり、毎年町の近辺にある刃物工場や鋳物工場へ出稼ぎに行く。ただ戦争が始まってから出征による労働力不足が深刻化していたこともあり、とっつぁは雪が積もる前に工場へ通い出した。

 ある日惣二は、やけに冷えると感じて戸を開けると雪が沢山降っている。宙を埋め尽くす白い雪を見て、(まぶ)しくてきゅっと瞼を押した。雪が真っ黒い道にどんどんどんどん降りかかる。あー、またこの季節が来たと惣二は雪の一片ずつを見た。
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