第6話

文字数 845文字

 ⑹ 頭(こうべ)を垂れて…
 女先生は二週間ほどしてある日学校に来ていた。突然廊下ですれ違ったが、惣二を見ることもなかった。以前より背すじが伸びて背が高くなった気がした。
 惣二は一日中落ち着かなかった。勉強どころではない。惣二は色んなことを思って何かを決めた。

 一日の授業が終わって教務室の戸の前に立った。戸をそっと開けると、机に向かう女先生の背中が見えた。
 ……自分がどんげぇ人かあ……
 …靴を脱いで足音を殺してそっとそっと…… 女先生に近づけなくなって、机三つくらいの所で膝をついてこぢんまりと座った。気配で先生が少し驚いてこちらを見た。
 「……えと…えと… …先生(せんせ)…かんべしてくんなせ……」手をつき頭を下げた。
 先生は少し惣二を見て椅子から立ち上がり、惣二の所にきて、「もうええ、もうええから気をつけて帰り…… ほれっ…」と惣二を立ち上がらせて椅子に戻った。
 惣二はぽたぽたと歩いて教務室を出た。

 翌日、惣二はかかに言われてうるめ獲りに出かけた。「うるめ」とは新潟でメダカのこと。雪に閉ざされるこの地域はその「うるめ」を佃煮にして冬の貴重な蛋白源にする。うるめは温かくなり発生する浮塵子(うんか)を食べるようになると苦くなり、春までのこの時期はまだ美味しい。
 イナゴの佃煮も稲作の多い新潟では食べられるが、商店の惣二の家は農家からおすそ分けを頂く。

 うるめは田んぼの近くの流れのゆるい用水路で網で(すく)える。
 惣二はとっつぁと一緒に作った四つ手網を持って出かけた。四つ手網は置き型の塵取りくらいの大きさで、割いた竹を十字に網の四隅に固定したもので、川底に沈めて網の上に泳いで来たうるめを素早く掬いあげる。網の三辺はうるめが逃げにくいように立ち上がっている。
 
 雪解け水は新潟の米を豊かにする源で、まだ蓄えられた山々からたっぷりと流れてくる。水路を跨いで影を作るとうるめがそよそよと数匹で泳いでいる。
 
 惣二は一人で黙々とうるめを獲った。明日は女先生に挨拶しようと思いながらうるめを掬った。
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