第17話

文字数 662文字

(17) 腰を落としてや……
 ………♪あさかぜ そよそよ らじおわ ひびくー………♪
 足を(そろ)えて背すじを伸ばし、両手を腰にあて、膝だけ開いて曲げ伸ばし…大きく(うなず)いて…
 音楽に合わせて幼児がやればとても可愛いらしいこの格好を、大人が大真面目にやる。もし笑いながら元気良くやるならこの上なく幸せそうだ。大きく頷きながら首を前後に振る。しかし、この後の歌詞は…
 ………銃後の(まも)りだ、我らの身体鍛えん……と続く。
 この「朝日を浴びて」の歌詞が初めて付いたラジオ体操は昭和14年に始まった。それから戦争は太平洋へと拡大した。

 昭和17年春、惣二達は国民学校初等科六年生になった。今日も校庭に集って大人数でラジオ体操をやった。
 帰り道、昇が、
「ラジオ体操おもしぇて…腰落とすのだけずーっとやって、みんなで笑えばやー、もっと楽しくなるてー……」
 「そいがー……こだなあ…」と惣二が両手を当てた腰を落とす。笑顔で口角を横に広げ姿勢良く体を上下させる。昇が向かい合って笑い、リズムをとって真似する。頷きながら頭を前後に振ってリズムをとる。
 「同じ格好、飽きてもやー、やってるうちにまた笑えるようになるんらて…」
 何度も腰を落としては伸びて笑顔を絶やさない。
 「教頭先生あんげえ足いおっぴろげてやー…」
  二人は自然と笑いが込み上げて崩れ落ちた。
 「腹あ減ったて…」惣二が言った。
 「そいがー…」昇は手をついてまだ笑っている。
 
 桜の(つぼみ)が開きはじめた。ごつごつした枝に生まれたばかりの花びらが緩む。どこまでも白い桜色が木々で笑っている。  


 
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