第30話

文字数 643文字

(30) 吐息は震えて…
 戦死の通知と骨箱を受け取ったあと、皆動かない。窒息しそうな悲しみが胸を絞めつけて、その悲しみに呑まれないため誰かにしがみつく。
 突然、千恵子の喉から悲痛な声が漏れた。追いかけて久子の悲しい声が重なる。
 かかと兄達は涙で咳き込んでいる。
 
 かかが何かを気にした。骨箱が軽い。白布を解いてそっと骨箱の蓋を開けた。
「なにかね…?…」涙にむせながら呟いた。
 煙草が入っている。菊の紋が入った煙草が一箱…
 「なにかねえ…?」理解出来ない…
 皆覗き込んで、かかが煙草の箱を手に取った。
 「なんらの?」久子が呟いた。
 かかが息を飲んだ。もう一度戦死通知書を読んで、息を詰まらせた。
 「…とっつぁまなあ…まだ…海に…沈んだまんまだっ…」言葉にならない。
 「なしてかー?…これなにかの?…」眉を八の字にして武が訊く。皆腫れた瞼に涙をたくわえている。
 「煙草だ。とっつぁまは船と一緒に沈んだまんまで…証しがねえから…お国が代わりに煙草…」かかの言葉が潰れた。
 とっつぁへの希望がブツリと切れる音がした。

 昼が過ぎて、かかは腑抜けにならぬよう精一杯の力を振り絞って立ち、骨箱を箪笥の上へ置いた。子らの顔を見て肩を抱いて、涙を拭いてやり、湯を沸かした。沢山息を吸い、溜めてから震える息を吐いて、芋を蒸(ふか)した。
 幸雄が立ち上がって飯台を拭きはじめた。千恵子が湯呑みを並べ、惣二が白湯を注いだ。武が降りてきて火を見る。久子が皿を出した。
 皆無言で、吐息の震えを堪(こら)えている。
 
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