第21話

文字数 767文字

(21) 虫が強く鳴いて…
 「衛藤正雄」宛に徴用(ちょうよう)令状が届いた。
とっつぁが徴用される……徴用とは、国民徴用令に基づいて、戦時などに労働力の不足を補うため強制的に国民を徴集し,生産に従事させることを目的とするもので、昭和14年に出されていた。「赤紙」と言われる兵役に就く召集令状とは違い、白い紙だったため、「白紙(しろがみ)」とも言われた。
 
 とっつぁはどうやら、軍属として輸送船に乗るようだ。兵隊ではない。かかは昨日から、この令状を見て暗い顔をしていた。昨晩はずっと二人で話し込んでいたようだ……
 それを子供達が知らされたのはこの日の夜、とっつぁとかかが工場から帰って来た夕食後だった……この夜は昨日持ち帰った食料から久しぶりの玄米と芋や野菜の雑炊……
 「腹くっちぇー……」久しぶりに満腹になり武は目の焦点が合わない……

 「とっつぁまがなあ…… 兵隊さんの手伝えにゆく……」……かかが落としていた目線を上げて言った……
 「はあ……そいがー?…長岡の町かの?……」千恵子が訊いた……
 「手伝えって…なんろー?…」
 惣二も訊いた…
 かかが幸雄を見て惣二を見て……
 「船ん乗るみてだ……荷物を運ぶ……」
 「兵隊さんと一緒なんかのお?……」幸雄は緊張している……
 「輸送船て大きな船に乗るら……まだ詳しくはな、集合するとこ行ってからみてだ……」……とっつぁが口を開いた……
 「兵隊さんでねからな…荷物運んで帰ってくるっけやー…」変わらずとっつぁの笑顔は相手に貼り付く。

 かかは鉛筆で小さな紙に書きものをしている。虫が鳴いていることに気付いた。
 世界の片隅の家族に向けて、虫が強く鳴いている。 
 
 それからの三週間、とっつぁは昔の煙管(きせる)を作っていた頃の話しやよく売れた自転車の話しをした。空腹でも兄妹は饒舌なとっつぁの話しに毎晩耳を傾けた。
  
 
 
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