第29話

文字数 771文字

(29) 風呂敷は丁寧に…
 翌日、かかは惣二と昇の家へ出かけようと、裏口を開けた時だった。年配の男性が目の前に立った。
 「衛藤ヨシ…さま……」男性がかかの目を、(うかが)うように見た。 両手に、風呂敷に包まれた箱のようなものを持っている。
 「……へえ…」かかは風呂敷包みをぎゅっと見た。
 「ちっとお邪魔させてくだせえ……」
 年のいった男性は裏口から中に入り、風呂敷の内側から一通の封筒を取り出してかかに渡した。そして腰を低くして風呂敷を解いた。
 …白い布に包まれた箱……“骨箱”…と書かれた紙が貼ってある。かかは息を止めたようだ。顔が白くなった。
 「…せつねぇこっで… そちらに、書いてありますがの、なに分、戦時中のことですけぇ…手続きが遅れたようで、えらいすみませんのお……どうかどうか……」男性は風呂敷の上の箱を捧げるようにかかに渡して、風呂敷を丁寧に畳んで深々とお辞儀をして背を向けた。
 かかは箱を抱きながら、震えを抑えるようにゆっくりと上り框(あがりがまち)に座って、封筒の中身を黙読した。

 「『戦没者に関する通知 妻 衛藤ヨシ殿
 元陸軍軍属 衛藤正雄殿には北緯…度…分 東経…度…分地点に(おい)て昭和19年1月…日戦死を遂げられたる(むね)公報有之(これあり)(まこと)に痛惜の情に()へす 謹みて御通知申上げます』
 追記 正雄殿は、軍属として昭和19年1月…日、南方のマーシャル諸島の洋上で、乗船していた船が魚雷を受けて沈没 戦死されました。」

 かかの顔は白く、瞳は骨箱の文字を見つめて止まっている。…と、涙が箱に滴り落ちた。幸雄の手を引き通知の紙を渡して頭に手をやった。久子と千恵子がかかに抱きつき、千恵子が
 「…とっつぁま?…」とだけ言ってかかの肩に顔を埋めた。久子がかかの腕にしがみついた。
 三人の兄達は通知を見ている。
 空気が止まってしまったように、皆動かない。
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