第9話

文字数 1,009文字

 ⑼ げぇろの背泳ぎ…
 
 「うーあっ、背中あっちぇ!水入ろて…」
 「そいが…川の虫ほんっとおらんて…」
 「今日はもうやめやー…」

 また素っ裸になって水の掛け合いを始めた。まだ日は高い。
 川底に拳より大きな石があるので飛び跳ねたりは出来ない。ゆっくり探りながら歩く。日差しを浴びて火照った肌に飛沫がかかり気持ち良い。膝上くらいの(よど)みまで来た。
 
 「ノボさあ…死んだ真似できっかあ…?」
 「死んだ真似て?…」
 「俺が撃つすけぇ、死んだ真似して水に倒れてみ…」 惣二が銃を構えて撃つ真似をした。
 「あっきゃ! 撃たれたぁ あきゃきゃ」と昇が腰を下ろすように水にしゃがんだ。
 「ノボさあ 撃たれたとき、撃たれたあーって言わねえろ…… んじゃ、今度俺のこと撃ってみ」 昇が構えて撃つ真似をした。
 「うっ!」 惣二が立ったまま弾けるように手を大きく広げた……瞳が上瞼(うわまぶた)に吸い寄せられてそのままゆっくりと川面に身を任すように後ろに倒れてゆく…肌は日に灼けて素っ裸だ…広く水が跳ね上がりそのまま水に沈んだ。昇は、おろっ?と思い大股で近づいて行った。少しの間で惣二の顔と胸が浮かんで大の字になっている…
 「惣ちゃま…?」昇が見ていると、惣二は大の字のままゆっくりと流れに乗った。
 「惣ちゃま…?」昇が二、三歩追いかけると物に命が宿ったように突然元気良く惣二が跳ね上がった。万歳をするように両手を上げて目ばたきしながら立ち上がると猫が顔を洗うように目をごしごししながら言った…
 「どざいもんなったし…」と笑いながらゆっくり歩いてくる。
 「惣ちゃま…今の死んだ真似かいやー?…」
 「へっへっ…」
 「いやいーや、たまげらぁー…死んだか思ったろー…」
 惣二の目が輝いている。
 「水ん中い沈む前にいっぺこと息吸っといて、出来っだけ力抜くんら……力抜いてると知らんまに浮いてくるろ……」と言って、今度はゆっくりと水に浸かりかんかん照りの青空を見上げた。昇も真似して青空を見上げた。青空は見上げても高さが分からない。真上には他に比べる雲も何も無い。ただ青いだけで際限が無い。青空はいい。雪の降る空は暗くて重くてのしかかってくる。
 「げぇろの背泳ぎ…!」惣二が言って、空を見ながら蛙のように股を広げて水を掻いた。手はおまけのように力無くひらひらさせている。昇も「とのさまげぇろ!」と言って真似した。
 素っ裸の川遊びはしばらく“どざいもんごっこ”になった。
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